「ただの法令対応」では投資家に届かない──2027年から本格化するSSBJ基準を戦略に変える条件
金融証券取引法の改正、コーポレートガバナンス・コード改訂……押さえておきたい情報開示の最新トレンド
キリンホールディングス、みずほフィナンシャルグループが早期適用 SSBJへの対応を2社から学ぶ
ネガティブな材料ばかりではない。SSBJ基準への対応では、これまで企業が取り組んできた、「TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)」提言に基づく開示の知見を活かせるからだ。関口氏は、「時価総額上位の企業であれば、ゼロから準備を始めるケースはほとんどない。追加でやるべきことは多いものの、これまでの取り組みを通じて蓄積してきた経験に基づくノウハウが蓄積されているはず」と指摘する。SSBJ基準への対応が法制度化されたからといって、これまでの努力が水泡に帰すわけではない。組織内で蓄積してきた知見を活かしながら、「データの粒度」を上げるための追加対応を行うことになるだろう。
こうした中、2026年3月期にSSBJ基準準拠の開示を前倒しで実施したのが、キリンホールディングスとみずほフィナンシャルグループの2社である。キリンホールディングスは、日本企業として初めて、SSBJ基準に沿ったサステナビリティ関連財務情報を日本語と英語で同時開示し、法定義務化の3年前倒しとなる対応を行った。同社の開示内容には、ビジネスモデルの説明に加え、アルコールによる負の影響、健康長寿社会、アンメットメディカルニーズといった、気候変動や環境分野に限定されない項目を含むマテリアリティ(重要課題)が取り上げられている。「良い面だけでなく、ネガティブな側面も含めて開示する点が開示基準に基づく開示の特徴」と関口氏。サステナビリティだからと気候変動や環境のトピックにとらわれることなく、自社の事業に則したマテリアリティを特定できている点も特徴的といえるだろう。
みずほフィナンシャルグループでは、金融機関としての事業特性を反映し、マネー・ロンダリング対策やデータセキュリティのような業種固有のテーマを選定している。気候変動はどの業界にも共通するテーマだが、それ以外の項目は各社が自由に選定できることが2社の例からうかがえる。また、関口氏は戦略における目標設定と達成状況をモニタリングするため、ガバナンスを担う会議体(グループ戦略会議など)を具体的に記載している点も両社の共通点だという。「ガバナンス」「リスク管理」「戦略」「指標と目標」の4要素を意識した構成が、これからSSBJ基準に対応する企業の参考になるとした。
今後のロードマップと対応指針
制度設計をめぐる政策的な議論はおおむね収束した中、関口氏が考える実務上のヤマ場は、SSBJ基準に対応した最初の作成に向けた初年度である。前述した通り、有価証券報告書の開示早期化のプレッシャーが高まっているものの、制度導入初年度から2年間は、サステナビリティ情報に限って、有価証券報告書提出後に開示を遅らせる「二段階開示」が認められている。3兆円基準の企業であれば、2028年度まで猶予が残されている形だ。関口氏は、最初の対応を乗り越えれば、その後は定着していくとの見方を示す。
また、できるだけ早い時期に、いつ誰からどのような情報を集めるのかを明確にすることも欠かせない。欧州企業の状況を見る限り、開示内容の絞り込みが実務を効率的に行うための鍵になっている。特に重要になるのは、サステナビリティ課題と中期経営計画に記載している経営上の重要課題との関係性を明示すること、いわゆる「リコンサイル」だ。投資家は皆、気候変動を踏まえた製品開発のストーリーや、業績への影響を考慮した投資判断に重要な情報を提供してほしいと考えている。経営戦略とサステナビリティのつながり、そして財務戦略とサステナビリティのつながり、この2つを言語化することこそが担当部署にとって最大のチャレンジとなりそうだ。
この2つを明示するためには、サステナビリティ専門組織が経営陣とどれだけ近い関係を築けているのか、社長直下の組織として位置づけられているのか、それとも担当者レベルの試行錯誤にとどまっているのか。もしかすると、社内の組織体制が影響するかもしれない。大手企業では組織の分断が起きやすいが、経理部門とサステナビリティ専門組織がそれぞれの長所を活かせる体制を構築する必要がある。両者がうまく協働できれば、開示するストーリーの質に良い影響がもたらされるはずだ。
SSBJ基準対応の時間的余裕は企業ごとに異なるものの、先行する企業事例を参考にしながら効率的に進めること、情報の信頼性を確保することが必要と関口氏は話す。ここでの信頼性とは、数値の正確性にとどまらず、ミスリーディングでないストーリーを提供することも含まれる。コンプライアンスのために粛々と作業するのではなく、意思決定の質を高め、その理由をより良く説明するための機会と捉え、対応していくことが求められている。
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冨永 裕子(トミナガ ユウコ)
IT調査会社(ITR、IDC Japan)で、エンタープライズIT分野におけるソフトウエアの調査プロジェクトを担当する。その傍らITコンサルタントとして、ユーザー企業を対象としたITマネジメント領域を中心としたコンサルティングプロジェクトを経験。現在はフリーランスのITアナリスト兼ITコンサルタン...
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