本連載ではここ何回か、営業秘密の漏洩事件による裁判をいくつか取り上げてきました。退職社員が情報を持ち出したり、悪意ある外部の人間が情報を盗んだり……。これまで取り上げた裁判では、いつも「その情報が『営業秘密』にあたるかどうか」が判決を左右してきました。その中で、「それが営業秘密だと主張するならば、相応の管理体制や施策を講じていなければならない」という共通の要件も見えてきました。しかし今回は、そうした論点を巡って争われた裁判で、これまでとは違った判決が下されたケースを紹介します。
流出した情報が「営業秘密かどうか」を問う裁判が増えているが……
近年、IT訴訟の記録を調べていて「営業秘密の流出」に関する訴訟をよく目にするようになりました。退職社員が顧客名簿や技術情報を持ち出したり、ソーシャルエンジニアリングによって情報が盗まれたりする事件が裁判になるケースが目立っています。この連載でもそうした事例をよく取り上げますが、いよいよ私の近辺でも同じような話を聞くようになりました。
その際、よく問題になるのは、盗まれた情報が果たして「営業秘密であったのか」という点です。これについては、連載の中でも「情報の中身はともかく、それがきちんと『秘密情報として管理されていたのか』が問題になる」といったポイントを、実際の判決をもとに紹介してきました。
ただ、当然ではありますが、事件の内容や状況によってこの判断は変わってきます。これまでの記事のように、「秘密管理が不十分なら営業秘密とは言えない」というのも一つの判断なのですが、「では十分な秘密管理とは何か。また、それ以外に判断の軸となる要素はあるのか」という問題も出てきます。今回は、この疑問について比較的詳細に述べられている判決が見つかりました。
令和4年12月9日 東京地方裁判所判決
大手通信事業者A社(旧B社)に勤務していた社員が、退職直前に、同社が管理していたネットワーク構成情報、基地局位置情報、周波数帯、回線種別、料金情報、5G化計画、マイグレーション検討結果などが記載された複数の技術ファイルをGoogleクラウドからダウンロードし、私用Googleドライブにアップロードしたうえ、転職先企業のメールアドレスに送信した。
これらのファイルは、通信事業者の競争力に直結する極めて重要な情報を多数含んでいたが、後に会社側の内部調査によって、このことが発覚した。
出典:裁判所ウェブ 事件番号 令和3年特(わ)129号
本件は刑事事件ではありますが、主題はあくまでも営業秘密の要件についてであり、いつも論じている民事事件と条件が異なる点は特にありません。民事であれ刑事であれ、それが「営業秘密の漏洩」だと断じるためには、そもそもその情報が「営業秘密」だと判断される必要があります。会社の情報が持ち出されようと、公開されようと、それが営業秘密であると認められないことには、少なくとも秘密漏洩として罪を問うたり、損害賠償を求めたりはできません。
この記事は参考になりましたか?
- 紛争事例に学ぶ、ITユーザの心得連載記事一覧
-
- 盗まれた情報は、いかなる場合も「秘密管理性」がなければ秘密情報だと認められない? 例外はあ...
- 何かの腹いせか?退職社員が「一ヵ月後にデータが消去される」自動プログラムを仕込んでいた……
- 裁判所が考える、そのデータが「営業秘密」だと判断される3つの要件──なぜ“主観”で管理方法...
- この記事の著者
-
細川義洋(ホソカワヨシヒロ)
ITプロセスコンサルタント
経済産業省デジタル統括アドバイザー兼最高情報セキュリティアドバイザ
元東京地方裁判所 民事調停委員 IT専門委員
筑波大学大学院修了(法学修士)日本電気ソフトウェア㈱ (現 NECソリューションイノベータ㈱)にて金融業向け情報システム及びネットワークシステム...※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
この記事は参考になりましたか?
この記事をシェア
