「当事者なら常識で考えればわかるでしょう」という判断があり得る
前回の記事では、秘密管理性が十分ではないことを理由に「営業秘密にはあたらない」とする判決を取り上げました。しかし、今回の判決では、「管理が不十分なものであっても営業秘密と認められる余地がある」ことが示されました。
無論、2つの判決は異なる裁判において出されたものであり、判断が異なっていてもそれ自体は問題ではありません。ただ、不正競争防止法という同じ法律を根拠に判断する以上、そこには何かしら共通の考えがあるはずです。そして、それは情報システムを運用し、情報を預かるユーザーの皆さまにも何らかの示唆を与えるものではないかと思います。
今回の判決のポイントは、「秘密管理意思を容易に認識可能であった」という点です。つまり、しっかり守られているかどうか以前に、漏洩させてはいけないものだということが当事者たちから見ても明確であったというのが、この判断の根底にあります。たとえるなら、「自宅の冷凍庫にアイスクリームを入れておいたら家族の誰かが食べてしまった。『あれは自分のものだった』と主張しても、家族みんなで使う冷凍庫に何の注意書きもなく入れておけば、誰が食べても文句は言えない」というのが前回の記事の内容であるのに対して、「タンスの中にしまった現金は、たとえ家族であっても勝手に持ち出して使うことは許されない。『現金は持ち主以外は勝手に使ってはいけない』というのは常識的に認識可能だ」というのが今回の裁判の判決にあたるでしょうか。
考えてみれば、ごく常識的な受け入れやすい判断だというのが率直な感想です。営業秘密として守られるためには、秘密管理の在り方が必ずしも完璧ではなくとも、常識的な判断として認められる余地はあるということでしょう。
秘密管理性は「組織」と「個別」の両方で守る
とはいえ、「明らかに秘密とわかる情報であれば、十分なセキュリティ措置をとらなくてもよい」ということにはなりません。これは刑事裁判ですから、“被告の悪意”というものに着目したからこそ、こうした判決に至ったのではとも考えられます。
ただ、この判決を見て改めて気付いたことは、「情報の守りには『組織全体』としての守りと『個別』の守りがあり、その両面が必要とされる」点です。抜粋からではわかりませんが、判決を読む限り、この会社では情報管理規程や入退社時の誓約書などが整備されているうえ、営業秘密に関する研修なども行われていました。つまり、組織としての守りができていたということです。
ただし、個別項目に対する情報の守りとしては落ち度があった……。本来、情報は組織的な全体方針と個別のセキュリティ施策の両面から守られるべきで、情報セキュリティの世界ではその両面の切り口で考えることが必要なのだろうと、私はこの判決を見て再認識しました。
また、これは少し思考実験になってしまいますが、仮に「この会社が情報管理規程やそれに基づく教育などを行っていなくても、裁判所は情報の秘密管理性を認めてくれたか」と問われれば、その答えは否ではないかと思います。いかに内容が秘密らしきものであっても、組織としてそれを守る規程類がなく、個別の情報管理に不備があったならば、客観的に見て「この組織は情報を守る気がない。守る気のない情報に秘密管理性はない」という考えがあってもおかしくないと思います。
もちろん今の時代、情報管理規程を整備していないという組織は少ないでしょう。しかし、その内容が時代に合わせて継続的に改善されていない。あるいは組織内で十分に周知されていないとなれば、その規程はなかったも同然ということになると思います。そして、そんな規程しかない、つまり情報を守る気がないと思われても仕方ない組織は、何を盗まれても文句は言えない……。そんな風に考えるのは少し極端でしょうか。
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- この記事の著者
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細川義洋(ホソカワヨシヒロ)
ITプロセスコンサルタント
経済産業省デジタル統括アドバイザー兼最高情報セキュリティアドバイザ
元東京地方裁判所 民事調停委員 IT専門委員
筑波大学大学院修了(法学修士)日本電気ソフトウェア㈱ (現 NECソリューションイノベータ㈱)にて金融業向け情報システム及びネットワークシステム...※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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