タイムリミットはまさに「今」 労基法大改正にともないIT部門が棚卸しすべき4項目と課されたミッション
第1回:そもそも、労基法改正の本質はどこにあるのか?
雇用関係の重要論点として、労働基準法の大改正が近づいています。今回の改正は、働き方を一律に縛る規制ではありません。多様で自律的な働き方を企業ごとに設計させる方向への転換であり、この10年の雇用政策の転換における到達点にあたります。管理の前提が変わる以上、影響は人事にとどまらず雇用系の基盤システム全体に及びます。本連載は、労基法改正の制度に対する本質的理解から入り、IT関連の検討に必須となる視点、投資検討の要所、人的資本経営の全体観へ接続します。第1回は、改正の本質を捉え、IT部門が今すぐに着手すべき4つの棚卸しと先行事例について解説します。
労基法改正で、今IT部門に起ころうとしていること
2027年以降に、雇用系の法令で労働基準法(以下、労基法)の大改正が予測されています。この話題は、2025年冬くらいから一般的にも報道され有名になりました。筆者は、翔泳社のHRzineに掲載した「労働基準法大改正 解説※」などの記事で、改正の動きを追ってきました。
労基法の大改正は、いまは法令としては検討中の段階で、施行内容や施行時期などの改正内容が確定しているわけではありません。しかし、他の雇用関係の法令と比べると、かなり充実した事前段階の検討が行われ、すでに公式資料も複数公開されている状態です。また、それらの資料や行政の最新の動きから、今後の法改正の動きや制度の範囲も、相当程度に予測が可能です(制度情報の詳細は、先述のHRzineの記事などで紹介しています)。
ただし、これらの記事はあくまで組織人事論・人事戦略の文脈で紹介してきたものでした。本連載で伝えたいのは、この大改正がまさに今、IT部門にとって巨大な課題でもあるということです。働き方が継続的に変わりつづける時代に入り、それを支える基盤へどう投資するかという判断が目前に迫っています。次のIT投資の予算をどこに向けるのか。その意思決定の時期が、もう来ているのです。
本稿では、要点を絞り制度情報の本質部分について記載しつつ、IT部門視点での実務設計と投資計画を可能とするための実務的な考え方を、先行事例も踏まえて解説します。
法は「見る・繋ぐ・越える」を順に求めてきた
この10年、雇用に関する法令政策は質的に転換しました。具体的に、働き方をめぐる法令は3つの段階を経ています。まずは、これを整理しましょう。法の側からではなく、企業の側で何が起こったか読み直すと、はじめに自社で働く人たちの実態が「見える」ようになり、次に自社の戦略と実際の働き方を「繋ぐ」ことが求められ、そして今、働き方の枠そのものを「越える」ことができるようになろうとしています。見る・繋ぐ・越える。この3つを順に求めてきたのが、今までの10年でした。
「見える」変化が生じたのは、2017年から始まった「働き方改革」の時期です。残業上限規制、有給取得の義務化、同一労働同一賃金などはいずれも“量”の是正であり、一見すると規制の強化でした。しかし、企業にとって最大の変化は、罰則付きの上限を守るために労働時間を客観的に把握せざるをえなくなったことです。これにより、自社で働く従業員の実態が、初めて数字として見えるようになりました。
「繋ぐ」ようになったのは、2021年から勃興した「人的資本経営」の時期です。人的資本の開示義務化によって、企業は数字を出すだけでなく「自社は人と働き方について、どういう方針をもつべきか」という問いに答える必要が出てきました。企業の戦略と実際の働き方を、1本に繋ぐ。すなわち、方針を自社の言葉で示し、関わる人に説明する。これにより、働き方の“質”が転換しはじめました。
そして「越える」という変化が生じつつあるのが、2026年以降の「労基法改正」の時期、まさに今です。事業場という場所の枠、労働時間という単位の枠、1つの会社に属するという所属の枠が同時に見直され、働き方の枠を越えようとしています。この改正は、社会がより多様化し、働き方の多様化が必要になったことや、人とAIの協働が進展するなかで働き方が変化していることなどに起因しています。
上記3つには順序があります。見えていないものは繋げず、繋がっていないものは越えられないため、法令は見る・繋ぐ・越えるの順に設計されています。そして企業にとっては、この10年で法への向き合い方そのものが変わりました。言われた通りに法を「守る」だけの対応から、法の方向性を自社の戦略に翻訳して「活用する」対応へ。この性質の変化が、今回の労働基準法の大改正がIT部門の一大課題だといえる理由でもあります。
今回の労基法改正の二面性 緩めることと、担保すること
改正の中身は、大きく2つの方向を併せもっています。1つは、多様な働き方を可能にするために制度を緩める方向です。
たとえば、就業規則や労使協定を結ぶ単位について、事業場ごとという原則を保ちつつ、労使の合意によって企業単位・複数事業場単位でも選べるようにする案。テレワーク日に限り、フレックスタイムを柔軟化する案。副業時の割増賃金の通算を簡素にする案など。いずれも、働き方のバリエーションを増やす改正です。
もう1つは、自律と多様性を担保するために規律を強める方向です。たとえば13日を超える連続勤務の禁止、原則11時間の勤務間インターバル、そして今回の報告書で目玉とされるのが、労使コミュニケーションの改善です。
労使コミュニケーションの再定義は、単に従業員の手続きを増やす話ではありません。これは労働者側と事業主側で、働く内容を実質のある協議として残すことを意味します(これらの詳細は、HRzineの記事で詳しく紹介しています)。
大切なのは、この強化側が「規制強化そのもの」を目的にしていない点です。また、残業削減ももはや目的のごく一部でしかありません。働き方を緩めて多様化させるには、運用が破綻しないための歯止めと、労使が対話する土台が必要。緩和と強化は対立ではなく、表裏一体の関係にあります。
※「労働基準法大改正 解説【前編】——2027年改正が示す『働き方』の転換と人的資本経営の進化」(HRzine、2025年11月27日)
なお、上記を基礎情報として、最新の制度情報は「労基法大改正は論点拡大で別物に AI政策と雇用政策も一体化する中で企業は雇用に『世界観』を持つべし」(HRzine、2026年6月1日)で解説
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松井 勇策(マツイ ユウサク)
産学連携シンクタンク iU組織研究機構 代表理事・社労士。情報経営イノベーション専門職大学 客員教授(人的資本経営・雇用政策)。社労士・公認心理師・AIジェネラリスト。
時代に応じた先進的な雇用環境整備について、雇用関係の制度や実務知識、特に国内法や制度への知見を基本として、人的資本経営の推進・AIやICT関係の...※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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