タイムリミットはまさに「今」 労基法大改正にともないIT部門が棚卸しすべき4項目と課されたミッション
第1回:そもそも、労基法改正の本質はどこにあるのか?
先行企業は、戦略設計から入っている:SCSK、パーソルHDの例
最新の人的資本開示を見てみると、施策の全体像の設計については、質の高い先行対応をしている企業が確認できました。そもそも、なぜ改正の施行前から先行企業が存在するのでしょうか。
答えは単純で、働き方を多様で自律的にするという要請は、法律を待つまでもなく、人手の確保・生産性の向上・社員の定着といった切実なニーズとして、すでにそれぞれの企業の現場にあるからです。現場にとって必要なことから働き方を組み替えていけば、結果として改正の方向を先取りすることになります。
むしろ労基法大改正は、現場ですでに起こっている変化を、あとから制度として追認する側面をもっています。だからこそ先行企業の開示は、これから向き合う企業にとって具体的な手がかりとなるのです。なお、本連載における先行企業の記載については、一切が公開情報をもとにした筆者の私見になりますのでご了承ください。
SCSKは、SIerとしてAIに深く踏みこんでいるDXのプロフェッショナル企業です。業務・業界特化型のオファリングや、業務支援・経営判断支援を担うAIエージェントを、事業として広く展開しています。その会社が、自社の働き方の制度と実態を、精緻に数値で開示しています。平均月間残業時間(22時間)、年次有給休暇の取得率(89.4%)、在宅勤務率(48.1%)に加え、短時間勤務やフレックス、育児休業の取得・復職まで、働き方に関わる指標を細かく開示しています。
出典:SCSK株式会社「SCSK統合報告書2025」P.118(データセクション・人材関連データ/平均月間残業時間・年次有給取得率・在宅勤務率・フレックス/育児休業の取得状況)
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注目したいのは、これらの働き方の指標が“事業戦略と切り離されていない”点です。同社は人材戦略の重点施策の筆頭に「事業戦略と人材ポートフォリオの連動」を掲げ、社員の働きがいを高めるWell-Being経営の到達度を、「社員意識調査エンゲージメント90%以上」「パフォーマンス発揮率90%以上」といった非財務の経営指標として管理しています。事業側でAIに注力するプロのDX企業だからこそ、AIと協働する時代に事業と人材・働き方をどう連動させるかを、制度と数値の両面から本質的に整えている、と読み取れます。
前ページで挙げた棚卸しの「①労働時間の実態が見えているか」を、SCSKは残業・有給・在宅勤務・フレックスの精緻な数値開示という形で、すでに満たしています。改正が強化する客観的な労働時間の把握を、先行して実現しているといえます。
出典:SCSK株式会社「SCSK統合報告書2025」P.73-74(人的資本経営/「事業戦略と人材ポートフォリオ」の連動と、Well-Being経営の非財務指標)
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また、もう一つの事例として、パーソルホールディングスは、働き方の変化を制度と数値の両面で捉えています。同社は「多様なはたらき方の提供」をマテリアリティに掲げ、リモートワークや副業・フリーランスといった選択肢を広げることで、ライフステージや価値観に合わせて働き方を選べる状態を実現しようとしています。派遣スタッフに対しても、就業サポート体制の強化やキャリア支援を通じて、雇用形態を越えた「はたらくWell-being」の向上を進めています。
そのうえで、働くことの質を「はたらくWell-being」として指標化し、「はたらき方の制度・環境の変革」を人的資本の柱の1つに据えて、KPIで進捗を管理。テクノロジー戦略においては、社内向け生成AI「PERSOL Chat Assistant(CHASSU)」を活用し業務時間を年間30万時間以上削減するといった形で、定量的目標を定めています。
労働時間の長短ではなく、多様な働き方の選択肢と、AI活用で減らせた業務時間、そして働くことの質を、制度と数値の両面から捉えようとしている点が特徴です。改正が後押しする「多様で自律的な働き方」、すなわちリモートワークや副業といった選択肢を、パーソルは制度として提供し、さらにその質を「はたらくWell-being」として指標化しています。緩和される制度を、現場の実装と質の測定という形で先取りしているといえます。
出典:パーソルホールディングス「パーソルグループ統合報告書2025(ダイジェスト版)」P.7(人的資本戦略/“はたらくWell-being”の指標化・はたらき方の制度・環境の変革)
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出典:パーソルホールディングス「パーソルグループ統合報告書2025(ダイジェスト版)」P.8(テクノロジー戦略/社内生成AI「CHASSU」で年間30万時間超の業務時間削減)
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両社に共通するのは、制度対応をする前から、自社にとって働くことがどういう意味をもつか言葉にし、そのうえで働き方を「時間」以外の軸──Well-being、エンゲージメント、マネジメントの実践度、テクノロジー活用の効果──で測りはじめている点です。
これは、IT部門にとって示唆的です。労基法大改正が「時間」で規律を組み直す一方で、AIとの協働が進むほど、労働時間は働くことの実態を映す代理指標としては機能しにくくなります。同じ1時間でも、それが負荷なのか、没入なのかは、時間データからは区別できません。先行企業が始めているのは、その「時間では測れない質」を、自社の基準で捉え直す試みです。
IT部門が次に用意すべきなのは、単に時間を集計する装置というより、こうした質的な指標を継続的に捉え、経営判断に繋げられる測定の基盤ではないでしょうか。何を可視化し、どの基盤に投資するかは、自社が働き方をどう設計し、何を測りたいかが決まって初めて優先順位がついてきます。
法改正対応は一切目的ではない 結果であり道具に過ぎない
今回、労基法大改正の概略と今からすべき対応について大枠で紹介しました。最後に、雇用関係の法改正は、結果であって目的ではありません。最初に述べたように、雇用関係の法令の目的は、規制を強め働き方を守ることから、目的は自社の働き方をより良くすることに移っています。
検討中の労働基準法の改正も、自社で工夫して適用すべき要素が非常に多い体系です。働き方を含めた自社の目的意識と戦略、世界観を定めることが第一段階です。雇用政策や法令はそれをうまく進める道具にすぎず、企業改革にあたって改正の確定を待つ理由は一切ありません。
4つの棚卸しは、今すぐに始められます。次回はそこで見えてきた自社の姿を、システム構築とIT投資の予算にどう翻訳していくか、さらに具体的に考えていきます。
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松井 勇策(マツイ ユウサク)
産学連携シンクタンク iU組織研究機構 代表理事・社労士。情報経営イノベーション専門職大学 客員教授(人的資本経営・雇用政策)。社労士・公認心理師・AIジェネラリスト。
時代に応じた先進的な雇用環境整備について、雇用関係の制度や実務知識、特に国内法や制度への知見を基本として、人的資本経営の推進・AIやICT関係の...※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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