タイムリミットはまさに「今」 労基法大改正にともないIT部門が棚卸しすべき4項目と課されたミッション
第1回:そもそも、労基法改正の本質はどこにあるのか?
では、これらがなぜIT部門の話になるのか?
ここまでは制度の話に見えるかもしれませんが、働き方が継続的に変わりつづけている現状を踏まえると、それを支える労務管理の前提がDXやAI活用へと移っていきます。これは、政策文書でも強く書かれている点です。
たとえば労働時間の把握は、これまで「事後に集計するもの」でした。しかし、多様な働き方をセグメントごとに設計し、連続勤務や休息時間の規律を守らせようとすれば、実態を常に可視化しないと判断ができません。就業規則の締結単位が変われば、事業部単位で組まれてきた人事マスタの設計前提が変わります。労使の協議において働いた実態を参照するには、データ閲覧のダッシュボード設定ができていなくては難しいでしょう。
さらに、見落とされがちな論点があります。労働基準法上の労働時間と、労働安全衛生法上の健康確保のための時間把握が、今後は分離しうるという点です。両者の目的が異なる以上、たとえばPCのログイン時間と勤怠の打刻時間を別々に管理し、突き合わせる必要が生じる場面が出てくる可能性もあります。客観的な労働時間の把握は、これまで以上に精緻さを求められることになります。これは勤怠システムの設計思想に、直接的に関わる話です。
つまり今回の改正は、人事部門の規程改定として終わる話ではありません。何を、どの粒度で、いつ見えるようにしておくか。その基盤設計が、IT部門の課題として立ち上がってきます。
IT部門がまず棚卸しすべき、4つの項目
改正の内容は、まだ細かな点で動きがあります。だからこそ、確定を待たずに着手できることがあります。それが、自社の現状を4つの領域で棚卸しし、影響の大きさから優先順位を決めておくことです。
- 労働時間の実態が見えているか:平均や残業の分布だけでなく、連続勤務や休息時間が、部門・職種・雇用区分といったセグメント別に取り出せるか。また、可能であれば働く内容の工数分析や質の分析まで行えるか
- 働き方の多様性を吸収できるか:テレワーク、フレックス、副業、裁量労働の現状と潜在ニーズを、システムが例外処理ではなく標準として扱えるか
- 労使コミュニケーションの基盤があるか:上記のような「働く実態」のデータを、労使間で使えるように一覧化でき、いつでも取り出せる仕組みがあるか
- 管理基盤は説明に耐えうるか:勤怠・給与計算・シフト・開示のデータが、法定休日の特定や有給算定の方式も含めて、対外的な説明責任に耐えうる形で整っているか
棚卸しの後は、影響度の大きさで優先順位をつけます。今回の改正で影響を受けやすいのは、シフト勤務層、裁量・企画系、管理監督者層、副業・兼業者、そしてテレワーク層です。自社のどの従業員層に、どの規程とシステムが関わるのかを重ね合わせると、まず着手すべき箇所が見えてきます。この4つは、改正内容が固まる前でも点検できますし、むしろ固まってから動くと要件定義にも予算化にも間に合わない可能性があります。
いつまでに手を打つべきか? 予算に載せられるタイミングから逆算
では、具体的にいつまでに手を打つべきでしょうか。2026年後半には、労働政策審議会で改正案が検討され、俯瞰的で戦略的な論点が限定的に流れるでしょう。2027年に入ると通常国会に法案が提出されることが予測され、審議とともに各論の報道が増えていく可能性が高まります。2027年後半には施行に向けた論点別の資料が示され、実務対応のフェーズへ移るのが自然だと予測されます。施行は、2028年4月以降頃ではないでしょうか(※なお、これはすべて筆者の予測ですので十分にご留意ください)。
この時間軸を、IT投資の予算編成から逆算するとどうなるか。今回の改正は、「雇用に関わる基盤へ投資を検討すべき」ともいえる、前提が根本から変わるような転換です。多くの企業では、施行の1.5年以上前から大枠の計画と予算取りが必要になるかと思います。さらに、要件を固める前段の棚卸しは、投資年度の予算策定サイクルに入るより前に大枠の見立てを終えなければいけないでしょう。つまり、「今」手を打つ必要があります。
また、今は上流の論点で投資を判断できる“限られた窓が開いている”時期でもあるため、この時期を逃してはなりません。あくまで筆者の感覚ですが、一般報道での雇用政策の報道は1つの論点が非常にクローズアップされるなど、全体の枠組みを立てにくくするものも多くあります。国会上程などがされると、この傾向がより強くなると思われ、社内で提案した時に報道に引っ張られたイメージになるなど予測不可能な要素が増えます。現在のように、上流で判断がしやすいうちに、その方針を決めておきたいところです。
この記事は参考になりましたか?
- この記事の著者
-
松井 勇策(マツイ ユウサク)
産学連携シンクタンク iU組織研究機構 代表理事・社労士。情報経営イノベーション専門職大学 客員教授(人的資本経営・雇用政策)。社労士・公認心理師・AIジェネラリスト。
時代に応じた先進的な雇用環境整備について、雇用関係の制度や実務知識、特に国内法や制度への知見を基本として、人的資本経営の推進・AIやICT関係の...※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
この記事は参考になりましたか?
この記事をシェア
