「Mythos」提供を追い風にセキュリティ環境を棚卸せよ──CISO向け「ゼロトラスト負債」返済公式
後編:公式に当てはめて、自社のゼロトラスト負債残高を算出しよう
前編では、部分導入のまま止まったゼロトラストが残す見えない借金──ゼロトラスト負債(ZTD:Zero Trust Debt)の正体をお話ししました。現場は残っていることを知っているのに、経営の帳簿には一行も載らない。利息はつかない代わりに、ある日いきなり差し押さえに来る。厄介な借金です。では、これをどうやって経営の言葉に翻訳するか。本稿でご紹介するのは、当方が250社超の実装支援の現場から個人として組み立てた算定モデルです。先に結論を申し上げると、ZTDは全く新しいリスク金額ではありません。 すでにセキュリティ投資の判断で使っている期待損失の数字を、「残高」という会計の言葉に再定義するものです。本稿の最後では、AIをめぐる最近の事案を手がかりに、暗黙の信頼をどう棚卸しし、どう塞ぐかにも触れます。
ゼロトラスト負債の残高を求める式は、極めてシンプル
▼前編はコチラ
ゼロトラスト負債(ZTD)残高の式は、拍子抜けするほど単純です。
ZTD残高 = AS-IS期待損失(計上) − 返済(net)
AS-IS期待損失は、今の脆弱性を放置した場合に見込まれる年間の期待損害。返済(net)は、ゼロトラスト実装で実際に減らせた分。その差し引きが、まだ返していない残高です。
ここで大事なのは、ZTDには2つの顔があることです。ひとつは物量としての残高──未検証の通信経路が何本、期限切れの例外が何件、と数えられる残高です。もうひとつが金額としての表現で、こちらは「その残高を放置した場合に毎年発生する期待損失」、つまり年率にあたります。
厳密にいえば、後者はストックではなくフローです。それでも「残高」と呼ぶのは、返せば減り、放置すれば増えるという振るまいが、まさに残高のそれだからです。経営会議で「年間コスト」といえば削減対象、「残高」といえば返済計画の対象になる。同じ数字でも、載る議題が変わるのです。
AS-IS期待損失は、定石どおり「被害額 × 侵害確率」で求めます。被害額は操業停止損失と復旧コストを積みあげ、情報漏えい側は賠償・通知・法務・解約損失に知的財産の価値を加えて別建てにします。
侵害される確率を、計算式に置き換えると……
問題は確率です。ここを勘で置いた瞬間、モデル全体が信用を失います。当方は3つに割って置いています。
侵害確率 = baseRisk × climateFloor + riskMax × climateSlope × 脆弱性係数
baseRisk(床)は、ゼロトラストを100%やり切っても残る確率で、3%を置いています。この項がある限り、モデルは「入れれば安全になります」という甘い約束をできません。ゼロを約束しないこと。これが経営に対する誠実さの最低ラインだと考えています。
riskMax(傾きの上限)は、いちばん無防備な状態のときに床へ上乗せされる最大増分で、30%を置いています。この値はVerizon DBIR/Ponemon──「脆弱な組織」の侵害経験率30~40%の数値のうち、楽観的な数値を置いていきます。
脆弱性係数(0〜1)が、自社固有の値です。担当者の主観では決めず、CISA Zero Trust Maturity Model v2.0による成熟度評価と、MITRE ATT&CKおよびATLAS(AI攻撃技法)の主要な技法カバレッジ照合(63技法)から逆算します。緩和できていない技法の割合が高いほど係数は1.0に近づき、実装範囲が全社に及んでいなければカバレッジ補正がかかります。「スコープ外に残した暗黙の信頼」は、この補正を通じて残高に反映されます。「導入はしました。ただし本社だけです」という状態は、係数の上では未実装とほとんど区別がつきません。
この形で置くと、いちばん無防備な状態(係数1.0)の侵害確率は33%、成熟した状態(同0.03)で3.9%と出ます。大事なのは絶対値より、成熟度の変化がちゃんと確率に翻訳される回路があることです。なお、climateFloor/climateSlopeは脅威環境の変化を織り込む係数です。ここにはこだわりがあるため、次ページで詳しく説明します。
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髙岡 隆佳(タカオカ タカヨシ)
セキュリティ業界で25年以上、250社を超える実装現場に携わってきている。DBSCではワーキンググループリーダーとして、経済産業省の参考資料となったデータベース暗号化ガイドラインや内部不正対策ガイドラインを執筆している。現在はCSAでの活動を通じて「真のゼロトラスト実装」を提唱し、「ゼロトラスト負債...
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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