「Mythos」提供を追い風にセキュリティ環境を棚卸せよ──CISO向け「ゼロトラスト負債」返済公式
後編:公式に当てはめて、自社のゼロトラスト負債残高を算出しよう
「Mythos」などの機能提供が広がる 負債の棚卸しに活かそう
2026年9月、海外でAIコーディングツールに利用者の作業領域を変更履歴ごと外部へ送る仕組みが既定で有効になっていたことが開発者の解析で報告され、提供元は謝罪して該当機能を無効化しました(解析者がサーバ到達を確かめられたのは小さな公開リポジトリ1件と報じられています)。国内では本稿執筆時点(2026年10月8日)で、特定のAIサービスが原因の流出だと当事者や公的機関が明言した事案は、当方が確認した範囲では見当たりません。
私見ですが、問うべきは原因がAIかどうかではありません。社内のデータやコードが、誰も検証していない経路で外へ出られる。その状態を許してきたのは守る側で、放置してきた暗黙の信頼こそが残高そのものです。AIが変えたのは、その残高が引き出されるまでの時間です。負債の返し方について、当方は次の4つを考えています。
1. 暗黙の信頼を、AIの力を借りて即時に棚卸しする
アカウント、例外、外部への接続設定、通信ログ。人手の突き合わせでは、四半期の再計測に間に合いません。照合はAIに手伝わせ、生成AIへの接続先も、期限切れの例外も、持ち主のいない資産も、一気にUNKNOWNからVISIBLEへ移します。AIに任せるのは照合で、判断と承認は人が権限をもちます。ただし、これは残高照会です。照会を速くしても、借金は減りません。
2026年10月、Anthropic社は同社のモデル「Mythos」を含む高度なサイバー機能を、本人確認と審査を通った防御側の組織に広げる制度を始めました。対象には、規模を問わない重要インフラの運用者や小規模なセキュリティ企業も含まれます(Myhtos自体は一般公開されていません)。AI v.s. AIの構図が、限られた大企業だけのものではなくなりつつあるのです。
2. サイバーデコイ(Deception)を現行のインフラに展開し、確度の高い自動遮断(塞ぎ込み)を実装する
米国CISAは2026年9月16日の手引き(拘束力のない任意の文書)で、既存のゼロトラストと併せてサイバーデコイの能力を組み込むよう勧めています。同手引きは、確度の高い(high-fidelity)トリップワイヤ──触れられた時点で警報が上がるよう仕掛けたデコイ──を価値の高い領域に置くことを挙げ、偽の管理者用認証情報なら使われたこと自体が侵害の兆候になると説明しています。確度の高い警報とは、正規の利用がほとんどない振るまいを捉える警報だと位置づけています。是正が遅れる箇所や難しい箇所の代償コントロールとしての使い方と、警報を調査・対応の手順に結びつけることも挙げています。
触れたこと自体が兆候である以上、その対応手順の先に、接続を自動で塞ぐ判断まで結びつけられます。代償コントロールとしてのデコイは、STALLEDが残る間に張る警報線です。ただし、デコイは残高を減らしません。
3. 重要資産にかかる通信経路と権限を含めて、ゼロトラストを実装する
残高が減るのはここです。Mythosを以てしても、AIに狙われうる自社の攻撃表面が「可視化」されるのみで、実際の対処とその判断は企業側が実行しなければいけません。Phase 1で選ぶ「1本の経路」の重要データに、ソースコードや設計情報まで含め、その経路の通信と権限を説明可能アクセス比率100%の状態でゼロトラストポリシーを強制します。AIへの接続先も、許可した先へ付け替えてポリシーで強制した時点で、はじめてENFORCEDに数えます。
4. 横展開する(サプライチェーン、IoT、AIエージェントなど)
1本の経路で型ができたら、Phase 2以降で委託先・SIerの接続、IoT・OT機器、AIエージェントへ広げます。AIエージェントは、人に代わって権限をもち、通信する主体です。「誰が・何に・なぜ・いつまで」を説明できなければ、そのまま新しい元本になります。
私見ですが、経営に報告すべきは、Phase 1で見えた重要資産の経路のうち、Phase 3でENFORCEDに移せた割合です。残りには、返済可能残高もSTALLEDも入っています。
返済が止まる本当の理由
摩擦は4つの顔を持っています。
- 組織構造由来:サイロ化と権限の分散。IT/OT、本社/拠点の分断が承認を止める
- プロセス由来:変更管理と承認フローの遅延、「一時的」例外の恒久化
- リソース由来:予算・人材・スキルギャップ、返済の担い手が不在
- 技術由来:レガシー依存と相互運用性、「触れないコスト」
STALLEDを「現場の怠慢」で片付けないでください。これは構造の問題です。「24.24億円が組織摩擦で塩漬けになっています」──この一文が会議に出た瞬間、議論の相手は製品選定から組織のあり方に変わります。
借金は、計上しなければ返済されません。まずは自社の残高を数字にすることが肝要です。なお、こうして算定される残高は「棚卸しできた範囲」の下限値です。数えられない借金は、ゼロとしてではなく「簿外」として開示する──数えられないと認めること自体が、最初の記帳なのです。
このZTDを算出するためのツールとして、ApacheベースのローカルHTML(ブラウザで動作可能)をGithub上で公開しています。名前を「OVERDUE」(意味:未払い)といいます。ぜひお手元にダウンロードいただき、自社のゼロトラスト負債を可視化・分析し、返済計画を経営層と合意してください。
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髙岡 隆佳(タカオカ タカヨシ)
セキュリティ業界で25年以上、250社を超える実装現場に携わってきている。DBSCではワーキンググループリーダーとして、経済産業省の参考資料となったデータベース暗号化ガイドラインや内部不正対策ガイドラインを執筆している。現在はCSAでの活動を通じて「真のゼロトラスト実装」を提唱し、「ゼロトラスト負債...
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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