「Mythos」提供を追い風にセキュリティ環境を棚卸せよ──CISO向け「ゼロトラスト負債」返済公式
後編:公式に当てはめて、自社のゼロトラスト負債残高を算出しよう
脅威環境の係数に、「未来予測」は使わない
前編で、放置されたZTDは「返済を先送りできる時間が短くなる」と書きました。では、その圧力を金額に上乗せすべきか。当方の答えは「ノー」です。
侵入から次の攻撃者へ引き渡されるまでの中央値は22秒(Mandiant M-Trends 2026)。脆弱性悪用による初期アクセスは31%に達し、同統計史上はじめて認証情報の窃取を追い抜きました(Verizon DBIR 2026)。かたやパッチ適用の中央値は43日に延び、CISA KEV(既知の悪用脆弱性)の修復完了率は38%から26%へ落ちています。
ところが同じ一次データでは、ランサムウェアの暗号化成功率は70%から50%へ下がり、1週間以内に復旧できた組織は35%から53%へ増えました。M-Trends 2026は、2025年に起こった侵害の大半がAIを直接の原因とせず、主因はいまも人的・組織的要因であると結論づけています。
つまり、元本が急に膨らんだわけではありません。変わったのは、先送りが許される時間のほうです。ここを混ぜて将来予測を金額に上乗せしたら、それは形を変えた脅し文句です。
ですから当方は、脅威環境の係数についてルールを1つ決めています。「今日時点でわかっていること」だけを使い、将来こうなるはずだという予想は入れないことです。前編でも触れたとおり、この借金に利息はつきません。ある日いきなり差し押さえに来るだけです。
ただし、元本のほうは放っておいても増えます。クラウドの拡張、AIエージェント、PQC移行の未棚卸し──返済しないまま、新しい信頼が積み増されていくからです。四半期ごとに再計測すれば、増えた分はその時点のAS-IS期待損失として自然に現れます。質的な圧力は、確率の床と傾きにだけ反映させる。金額の膨張は語りません。
残高を3つの財布に分ける ここで組織が顔を出す
ZTD残高は、きれいに3つへ振り分けられます。
ZTD残高 = 返済可能残高 + STALLED(摩擦滞留)+ 不可避床
平たくいえば、「返せるお金」「返せるのに返していないお金」「そもそも返せないお金」の3つです。前編では負債を4つの項目に分けました。4項目は「何が負債なのか」という物量の内訳、3つの財布は「なぜ返せていないのか」という金額の内訳です。すでに返した分(返済net)を加えれば、AS-IS期待損失はきれいに4つへ分かれます(図1)。
図1:ZTD残高の恒等式 AS-IS期待損失は4つに分かれる
クリックすると拡大します
不可避床は、baseRisk項に由来する、全部やり切っても消えない残りカスです。返済対象外として最初によけておきます。残りを「これから手をつけられる残高」と呼び、これを二分するのが組織摩擦係数(Forg)です。当方は、組織の摩擦を以下のように定義しています。
Forg =(サイロ度 × レガシー依存)÷(危機意識 × 変革リーダーシップ)
⇒正規化して F = Forg ÷(1 + Forg)
掛け算は意図的です。縦割り(サイロ化)とレガシーが揃うと摩擦は跳ね上がり、危機感と変革の旗振り役が揃ってはじめて物事は動く。片方だけでは、悲しいくらい効果を発揮しません。このFを使って、手をつけられる残高をSTALLED=残高×F、返済可能残高=残高×(1−F)に割ります。STALLEDとは、技術的には返せるのに、組織の意思決定が止まっているせいで残っているお金です。技術部門は「対策すれば減らせます」と語り、経営は「ではなぜ減っていないのか」と問う。どちらも間違っていません。2者間に挟まれているのがSTALLEDです。
この記事は参考になりましたか?
- 見えない借金「ゼロトラスト負債」を返済せよ連載記事一覧
-
- 「Mythos」提供を追い風にセキュリティ環境を棚卸せよ──CISO向け「ゼロトラスト負債...
- ゼロトラストを導入していたはずのデジタル庁に不正アクセス……原因は導入後の「見えない借金」...
- この記事の著者
-
髙岡 隆佳(タカオカ タカヨシ)
セキュリティ業界で25年以上、250社を超える実装現場に携わってきている。DBSCではワーキンググループリーダーとして、経済産業省の参考資料となったデータベース暗号化ガイドラインや内部不正対策ガイドラインを執筆している。現在はCSAでの活動を通じて「真のゼロトラスト実装」を提唱し、「ゼロトラスト負債...
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
この記事は参考になりましたか?
この記事をシェア
