パッドのいた五月(封切り時タイトル)
さて、先週末はいよいよ国内でも発売が始まった
iPadを求める人々が某所某店のまえに
行列をつくる様子がテレビなどでも報道され、
ちょっとしたお祭りムードでしたが、
同じころ、某県某村某所のとある断崖絶壁のふもとにも
たくさんの人が列をなしていたのは、残念ながら
テレビでは放映されなかったようです。
そこでは、
摩崖Pad(まがいぱっど)の落成式がおこなわれていたのです。
断崖の壁面を彫り込んで巨大な仏像を作るというのは
皆様もご存じの摩崖仏ですが、
摩崖Padはこれと同じように、断崖を彫って超巨大な
iPad風の彫刻をつくるというものです。
これは、もちろん宗教的な建造物です。
摩崖仏には最後に目が描き込まれて完成となりますが、
摩崖Padの表面には一切なにも描かれません。
かわりに、表面には磨き上げられた黒御影石がはめ込まれ、
漆黒の矩形となって、摩崖Padは絶壁に聳え立っています。
訪れる信者たちは、その表面に心の眼で望むまま
幾通りものコンテンツを描きだし、理性よりも感性を重視しながら、
部屋にひとりでいるときにしか浮かべられないような
笑顔を満面に輝かせて、体を前後に揺らしたり、
小刻みに上下に飛び跳ねたりします。
誰かがリズミカルに声を上げ始めると、皆がそれに唱和し、
ふくれあがる叫び声の塊は漆黒の壁面に鋭く跳ね返されて
人々の脳を揺らします。
幾人かは、妙にかさばる大きさの、光沢のある四角い板を
持参しており、興奮のままに近くにいる人の頭にそれを
叩きつけ、ガラス状の表面に走った細かいひびを
不思議そうに眺めています。その様子はどこか、焼いた亀の甲羅に
入ったひびの形で未来を占う太古の儀式を思わせるのです。
しだいに日が暮れて、儀式はついにクライマックスを迎えます。
山の頂上に頭部のみが安置されていると思われていた
超巨大な大仏(通称:仏陀XL)が、山の中からその全身を
抜き出し、人差し指と親指をLの字の形にかまえて
摩崖Padに向かって長い歩みを開始します。
この大仏の指によってタッチされ、ピンチされ、
ありがたいお経をフリック入力されて初めて大願は成就するのです。
当然ながら、これを阻止すべく、最新装備の自衛隊が
現場へ駆け付け、高いエネルギーを持つ色とりどりの光線を
大仏に向けて発射します。
大仏もまた、両眼や指先から温かみの感じられる白色光を
発射してこれに応戦します。
「これを毎年の観光イベントとして定着させてゆきたい」
昼間のように明るい空の下で、村長は満足げに語るのでした。