同氏についての詳しい説明は不要だろう。かのWikipediaプロジェクトの創設者であり、現在もプロジェクトリーダーを務める同氏は、「地球上のすべての人々が分け隔てなくアクセスできるオンラインのエンサイクロペディア(百科事典)」を作り上げるため、その生涯を賭けていまも取り組んでいる。
世界で最も重要なインターネットサービスのひとつに数えられるプロジェクトのリーダーは、Wikipediaができた12年前とはまったく異なるネットの世界をどのようにみつめているのだろうか。本稿では「Democracy and the Internet(民主主義とインターネット)」と題された同氏の基調講演の内容を紹介したい。
そもそもWikipediaとは何なのか
冒頭に掲げたWikipediaのビジョンに込められた意味は多岐に渡る。「この地球上のすべての個人」には、まずWikipediaがグローバルプロジェクトであることを定義しており、マルチリンガル(複数言語)に対応していることを指している。また、誰もが「自由にアクセスできる」ためには、コストを考慮すればオープンソースソフトウェアで構築されている必要があり、さらに自由なディスカッションを促進するフリーカルチャーコミュニティが形成されていることが重要であるとウェールズ氏。最小限のコストでナレッジにアクセスでき、そのナレッジは誰もが編集や修正が可能で、自由に流通させられるものでなくてはいけない - "自由にアクセス(FREE ACCESS)"というシンプルなフレーズにもこれだけの意味が含まれている。
ここでウェールズ氏は「Wikipediaとは何なのか(What is Wikipedia?)と問いかけられたとき、どう答えるべきなのか。最も重要なのは"完全にフリー"なライセンスのエンサイクロペディアであるということだ」とあらためて"フリー"という言葉の重要性を強調する。
フリーであることが保証されなければWikipediaのプロジェクトはひとつとして成立しない。ウェールズ氏はその例としてアルゼンチンの子どもたちのためのプロジェクトを挙げ、「Wikipeidaのコンテンツにはスペイン語のものも多いが、アルゼンチンの子どもたちにとってインターネットはまだ高価なもので、誰もがアクセスできる状況にない。だがコンテンツをCD-ROMに焼いて、山奥の学校まで配布することはできる。そうしたプロジェクトを妨げないためには、Wikipediaがフリーライセンスであるということが何より重要となる」と語る。もしここで、余計なコミッションが発生したりするようなことがあれば、Wikipedeaのプロジェクトはすべて頓挫してしまうことになる。だからこそ、Wikipeda=フリーライセンス(オープンソース)であることをウェールズ氏は何度も強調するのだ。
もうひとつ、ビジョンに掲げられたフレーズでウェールズ氏が言及したのが「人間が生み出したすべてのナレッジの集積(SUM OF ALL HUMAN KNOWLEDGE)」という部分だ。実はこの部分、とくに"SUM"という言葉によって「Wikipediaに含まれるものとWikipediaには含まれないものが明確に分けられている」とウェールズ氏。たとえばフランス・パリにある「エッフェル塔」をWikipediaで調べると、いくつかの写真に加え、その場所、歴史、アーキテクトの名前、その他エッフェル塔にまつわる逸話が掲載されている。だが、付近のホテルやレストランなどは載っていない。なぜかといえば「Wikipediaはエンサイクロペディアであってガイドブックではない」(ウェールズ氏)からだ。"SUM"には集積や蓄積といった意味のほかに"SUMMARY(要約)"という意味もあり、「Wikipediaが知識の集約であり要約でもある。そのラインから外れたコンテンツはWikipediaに含まれない」(ウェールズ氏)と明確に定義している。
なお、ウェールズ氏は自身のミュニティにおける役割を「Wikipediaの絶対君主(monarch)」と表現している。基本的には民主主義による問題解決を掲げるWikipediaだが、万が一、コミュニティが"困難な事態"を迎えれば、ウェールズ氏がその絶対的な力でもって解決できる権利を有する。もっともその力を使う機会はこれまでもほとんどなかったという