イノベーションを起こす3つのポイント
新事業を科学的アプローチで実践する「顧客開発モデル」を体系化したスティーブン・G・ブランク氏は、シリコンバレーで8社のハイテク関連のスタートアップ企業に従事し、1996年エピファニー社(企業向けマーケティング用ソフトウェア)を自宅で設立し、99年に引退。以後、スタンフォードなど複数の大学にてアントレプレナーシップについて教鞭をとり、顧客開発モデルの実践プログラム「リーンローンチパッド」を開発した。顧客開発モデルは、邦訳著書の『アントレプレナーの教科書』『スタートアップ・マニュアル』(翔泳社)に詳しく記されている。またブランク氏は、サンノゼマーキュリー誌によりシリコンバレーのインフルエンサー10傑の一人として選ばれている。
本カンファレンスの『顧客開発モデル-新規事業立ち上げの最新手法と実践プログラム・リーンローンチパッド』と題された同氏の特別講演の内容を紹介したい。
顧客開発モデルは、最近注目されている「リーン・スタートアップ」の考え方にも大きな影響を与えており、独立したベンチャー企業だけでなく大企業の社内ベンチャーにも適用できるものだ。本講演では、大企業での事業創造に注目して話が進められた。
ブランク氏は、「今まで50年やってきたやり方は間違いだった」と指摘し、新たに分かってきたこととして、1)新たな企業戦略の考え方、2)社内でイノベーション起こす方法、3)プロダクト開発で失敗を減らす方法、の3つをあげた。
1:新たな企業戦略の考え方
まず企業戦略について、ブランク氏は、いくつかの例とともに既存のリーダー企業と新たな破壊者の対比を行った。
モバイルクレジットは、ビザ、マスターなどのカード会社でなく、スクエア(Square)などベンチャー企業が革新を起こした。電気自動車は、ビッグスリーでなく、テスラ(TESLA)など新興企業が先んじた。スマートフォンは、ノキアのような携帯電話機のトップ企業ではなく、新規参入のアップルが市場を創った。ソーシャルな個人間の宿泊提供は、大手ホテル会社でなくスタートアップのエアB&B(airBnB)が成功させた。つまり、「リーダー企業はイノベーターではなく、新しく外部から参入する企業がよりイノベーションが速い。そして、リーダー企業は、長期的には存在が危うい」(ブランク氏)と語った。
そして、この問題は米国だけでなく、パナソニックやソニーなど日本を含む世界のリーダー企業にもみられるチャレンジであり、「これは日米の大企業が愚かだからじゃない。イノベーションを起こすプロセスがないからだ」とブランク氏は指摘する。
かつて重要だったことにとらわれていては、イノベーションを推進するどころか、新たなイノベーターにやられてしまう。
「かつてはコスト低減に注力したが、これからはイノベーションが大切だ。消えゆく市場のシェアをとるのは意味がなく、市場を創ることが求められる。競争相手に勝つことばかりに注目するのでなく、イノベーションの創造に力を入れるべき。30から40年もそのまま続く父親の代からの市場など期待できず、市場は激変を繰り返すと認識すべきだ。そして、かつて顧客はベストな機能を選んで買うと信じられ、他社と比べて勝る多くの機能を盛り込もうと努めたが、いまの顧客はそんなことは気にせず、顧客の問題を解決することが求められる」とブランク氏は、時代の変化を示す。
このようにブランク氏は、「新たな企業戦略の考え方」について、かつて重視された戦略はもはや通用しないと、イノベーションを軸としたパラダイム転換の要点をまとめた。
2:社内でイノベーション起こす方法
次に、ブランク氏は、長期的なイノベーション戦略が必要と説く。
「CEOは効率一辺倒や実行偏重からイノベーション重視へ変わらなければならない。組織が柔軟でなければ大変だ。社内の経営資源は限られており、機会をとらえたアジャイル=俊敏な資源配分でなければならない。一部の人が発明して済むという時代ではなく、それ以外からの新たなアイデアも活かして全社的にイノベーションに取り組まねばなければならない。イノベーション創出に合った企業文化と報酬制度体系にしなければならない」
また、「破壊的なイノベーションは、リーダー企業には玩具のように見えてしまう」と、ブランク氏は次のような例とともに指摘する。初代のiPhoneがノキアの取締役会が見せられたとき、アップルへの対抗策が提案されたが、ちっぽけな市場シェアのiPhoneに対しては何もやる必要はないとの反応だったという。つまり、既存事業が強いリーダー企業は、イノベーションを過小評価しがちなのだ。
このようにブランク氏は、「社内でイノベーション起こす方法」として、経営の視点からイノベーションへの取組みとマネジメントの要諦をまとめた。