オーナー不在のシステム
黒須 大小問わず、日本企業におけるIT利用の特徴の一つに、オーナーが明確ではないことが挙げられます。本来、各システムにはオーナーが存在し、オーナーは明確な事業目的を持ち、その目的を達成するためにITを利用します。しかしながら、SAPを導入された多くの企業を例にすると「世間一般的に普及している」を理由に採用したというケースが多いのです。そこで、そのSAPのシステムオーナーは誰ですか?と聞くと、IT部門のトップや、CIOが何となくオーナーや責任者になっているというのが現状です。オーナーが明確になれば、オーナーの事業目標、事業KPI(重要業績評価指標)が定義され、事業KPIに紐付くシステム側の様々な指標や、プラスの相関になるインデックスが定義されるはずです。
オーナーが不在の場合、新たなシステム要件は推量的になり、あるいは、過度に利用者のリクエストを要件にしているケースもあります。利用者の中には、オーナーの目的達成の補完的な立場の人たちもいるのでしょうが、必ずしもオーナーのニーズと合致してはいません。利用者の中には、単に使い勝手とか、ボタンの色とかを気にする人もいます。オーナーの目的達成のためにこれは必要ではありません。日本のIT部門の方は、非常に真面目ですから現場からの要求に全力で応えようとします、相矛盾する要求にも応えようとします。結果、泥沼にはまります。
先にも述べましたとおり、大手企業でも半分ぐらいはオーナーが明確ではありません。どちらかというと、アドホックな、イベントドリブンな要望に応じてお互いに配慮してやっています。日本人の良いところでもありますが、いざというときに大きな問題を引き起こす要因になります。運用現場の日々の改善の取り組みを否定するつもりは全くありません。ただ、改善の対象として、利用者の不満解消の改善が、オーナーの事業KPIのプラスに働くことなのか、しっかり見極める必要があると言うことです。
藤原 たとえば、何のためにやっているのかが曖昧なまま、眼前のインシデント対応に追われている場合、担当者は改善していているつもりでも「新たな仕事を作っているだけ」ということがあります。あるお客様の場合、オーナーの目的を達成するためのKPIであるはずなのに、「KPIを達成しているのに何の成果も出ない」と相談されます。これは、目標を達成する為に、CSF(目標達成のために決定的に重要となる要因)を定めてから、その達成度を測定するKPIをセットすべきところ、KPIだけ決めて活動した結果、インシデントを増やすだけという結果になってしまったケースです。また、別のお客様の場合、「ヘルプデスクの顧客満足度を上げることにより、事業に貢献する」という目的を設定し、そこで「インシデントへの対応時間を短くしたら顧客満足度が上がるだろう」という仮説を立て、対応時間をKPIとして時間を短くする活動され、きちんと成果が出たケースがあります。ただ、対応時間を短くするのが目的ではなく、定性的な視点を、どう定量的に計るかを実践されたケースです。ITILの「コスト効果が出ないインシデントは潰さなくてもいい」という合理的な発想に近いかも知れません。日本の現場ではインシデントは全て潰そうとします。何のためにやっているかが曖昧な所以です。