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紛争事例に学ぶ、ITユーザの心得

第三回 正式契約なく着手し頓挫した開発費用は精算されるか。


 皆さんはITベンダに仕事をお願いする際、きちんと契約を結んでから作業着手してもらっているでしょうか?私は、そういうことに特別うるさいITベンダで仕事をしておりましたので、契約書のない作業着手や協力会社への作業指示を行なった経験は皆無と言って良いほどですが、IT紛争に陥り裁判所にやってくるプロジェクトの中には、契約を結ばず、口答や簡単な注文書だけで作業を開始したものがかなりあります。契約書のない作業は、その範囲や役割分担が曖昧な上、何か不測の事態が発生したときの対応についての様々な約束事もありませんから、当然にモメゴトを起こす確率は高まります。今回は、そんな紛争についてご紹介したいと思います。「いやいや、契約書くらい作るでしょ、普通。」と思った方、いえいえ、そんなアナタにとっても他人事ではないかもしれません。これからお話しする判例の当事者も契約はちゃんと行なうつもりだったようですから。

契約前に作業着手した為に起きた紛争

 まずは、事件の経緯からご紹介しましょう。

 東京地方裁判所において平成12年9月21日に判決が出たIT紛争なので、ある独立行政法人向けにシステムの開発と運用を共同で行なおうとした2つの会社の間に起こったものです。通常のユーザ=発注者・ベンダ=受注者という図式とは少し異なりますが、商流としては直接の受注者である外国語翻訳業者が、システム開発をITベンダに下請に出した格好となっていますので、元請会社と下請会社の関係が成り立ちます。元請をユーザ、下請をベンダに見立てて、読んでみてください。

 【事件の経緯】

 ある翻訳業者が独立行政法人の公募事業「インターンシップ支援システム」の開発・運用事業への応募を検討し、ITベンダと提案及び開発について共同事業に関する協議を開始した。

 ベンダは翻訳業者と提案内容についての協議を行ないながら、実際に提案するシステムの開発にも着手したが、この時点では正式な開発契約は結ばれておらず、下請企業の開発着手を元請企業の担当者が口頭で合意したのみだった。

 ところが、独立行政法人から正式な受注を受けた親請会社が下請企業と契約をしようとしたところ、金額が折り合わず、結局、共同事業は解消された。

 まだ、提案の段階から、システム開発を始めてしまうあたり、かなり強引というか向こう見ずな感じがしますが、開発に着手したベンダも、それに合意した翻訳業者も、かなり受注確度が高いと踏んでのことだったでしょう。

 しかし、結果は、ご覧の通り、独立行政法人からの受注を得ることは出来たものの、翻訳業者とITベンダ間は契約を結ぶことができませんでした。当然、問題になるのは、ベンダが、それまでに費やした費用です。翻訳業者は、「開発着手はベンダが勝手にやったことだとし、共同事業解消にあたって費用を支払う義務はない」と主張します。一方ベンダは、「(口答ではあるが) 開発作業の合意は成立しており、合意解消の際に掛かった費用の清算も約束していた」と言うのです。すると、翻訳業者は「システム開発に着手することまでは合意していない。ベンダの開発費用を清算するという約束もしていない」と再反論し、事件は法廷に持ち込まれることになりました。

次のページ
結果は発注者の敗訴。1300万円を失うことに。

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この記事の著者

細川義洋(ホソカワヨシヒロ)

ITプロセスコンサルタント東京地方裁判所 民事調停委員 IT専門委員1964年神奈川県横浜市生まれ。立教大学経済学部経済学科卒。大学を卒業後、日本電気ソフトウェア㈱ (現 NECソリューションイノベータ㈱)にて金融業向け情報システム及びネットワークシステムの開発・運用に従事した後、2005年より20...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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