コグニティブコンピューティングは既存のITとは違う新たな市場を作るようなもの
IBMのWatson事業部は、マンハッタンにある。この新しい拠点からまったく新たなマーケットを作ろうとしており、この取り組みはかつてIBMが強力に推し進めていた「E-Business」に似ているかもしれないと語るのは、日本IBM 執行役員で日本におけるWatson事業の責任者の立場にある吉崎敏文氏だ。Watsonで実現するコグニティブコンピューティングの世界は、今のIT市場とは別にもう1つ市場を作るようなイメージだ。
Watsonに代表されるコグニティブの世界では、機械学習や自然言語処理など世間で言うところのいわゆるAI技術は使われている。とはいえ、Watsonは人工知能を作ろうとしているわけではない。
「人工知能としては、別のプロジェクトがあります。脳のシナプスを作るような取り組みは、IBMでは別にやっています。それとWatsonのコグニティブは別のものです」(吉崎氏)。
Watsonの目指しているのは、第三世代コンピューティングだ。これはいわゆるプログラミングで手続きを記述し処理する第二世代の次に来るものだ。第二世代のコンピューティングは、すでに50年以上続いておりこれはこれでなくてはならない存在になっている。新たな第三世代のコンピューティングは、第二世代のマシン語(コンピュータが理解しやすい言葉)に対し(人が理解しやすい)自然言語で処理するところがポイントになる。そして、もう1つのポイントが学習するコンピューティングとなっていることだ。
この自然言語を処理して学習するコンピューティングの背景には、ビッグデータがある。ここで言うビッグデータは、その8割が非構造化データと呼ばれるようなもので構成される。マジョリティとなっている非構造化データは、通常はリレーショナルデータベースには格納されていないものだ。
「コグニティブコンピューティングでは、自然言語を理解します。これは、つまり非構造化データを理解することです。そう考えるとビッグデータは数の問題と言うよりも、非構造化データをどう処理するかの問題だとも言えます。だからこそIBMは、コグニティブをやっているのです」(吉崎氏)
一方でWatsonの世界には今、「Watson Analytics」もある。これは従来のBIやアナリティクスの延長線上にあるコグニティブだ。クイズ王に勝利したWatsonそのものではない。「今ではコグニティブコンピューティング全体が、Watson(というブランド)になります。その中の1つの製品がWatson Analyticsです。Watsonはプラットフォームとなっており、使えるエリアはかなり広いのです」と吉崎氏は説明する。
PepperとWatsonの組み合わせなら、嫌な客が来ても怒ったり機嫌が悪くなったりすることはない
日本語の自然言語を理解するための取り組みの1つが、ソフトバンクとの協業だ。IBMでは日本語のAPIをソフトバンクと一緒に開発している。2016年以降には、ソフトバンクのコンタクトセンターなどで両社の協業の成果が利用される予定となっている。
これにより、日本語でWatsonのSaaSが提供される。ソフトバンクはコンシューマに強く、IBMはエンタープライズに強い。両社は棲み分けでき、これは協業をやってみて改めて分かったことだとも言う。当然ながら両社では、今後コグニティブな世界をビジネス化していくところでも協業することになる。
コグニティブコンピューティングのビジネス化で、真っ先に期待されているのが医療の領域だろう。米国などでは、医療分野のデータが蓄積されており、IT化もかなり進んでいる。そのため、Watsonのコグニティブコンピューティングをもっとも適用しやすい領域なのだ。一方、日本でコグニティブコンピューティングのビジネス化が期待されているのが、金融などの領域だ。
またソフトバンクと進めているロボットのPepperとWatsonを組み合わせたソリューションも注目されている。こちらは、現段階では人間が対処したほうがいいものもある。しかし、たとえば環境や状況が過酷な場合には、PepperとWatsonが対応したほうがいい場合もある。
「厳しい状況にさらされても、PepperとWatsonならば怒って機嫌が悪くなることもありません。ロボットは、人間には対応できないこともこなせる可能性があります」(吉崎氏)
実際にコグニティブコンピューティングを新しい分野に適用しようとすれば、その領域ではまだデータ蓄積が足りないこともある。そういった場合には、IBMはデータの蓄積からサポートしていくとのことだ。