デジタルトランスフォーメーションはユーザーサイドで起きている
EnterpriseZine編集部(以下、EZ編集部):まず、いま現在起きているデジタル化の流れとビジネス環境の変化について、その背景をあらためて解説いただけますか。
相澤氏:デジタル活用による利便性獲得というのは様々な場所で進んでいます。例えばコンシューマーサイドではそれが顕著で多くの人がそれを体験しています。多くの人がスマホを使い、各個人に合った情報を効率的に取得し、それを自分のライフスタイルの中で消費し時間消費の価値を向上させています。それはスマホが独立したツールでなく、コネクテッド アプリが入っておりネットワーク越しに有用情報を取得し活用できるからです。同じようなことがコマーシャルサイドでも起きています。従業員がモバイルデバイスを使って適切な場所、適切なタイミングで適切な情報を活用することでお客様向けのサービスを向上させライフタイムバリューを向上させようとしています。またデジタルパワーを使って革新的なオペレーションを構築したり、新しいタイプの製品やサービスに適用して新しいビジネスモデルを創出しています。まさにデジタル活用によるビジネス変革で、「デジタルトランスフォーメーション」と呼んでいます。
甲元氏:国内企業は成長を求めてグローバルに進出しようとしてもできていないケースも少なからずあります。そこで、「デジタルトランスフォーメーション」に代表されるような革新的なイノベーションに期待を寄せています。“過度な期待”と評価する声もありますが、私は順当な期待かと思います。2016年4月にITRが実施した調査によりますと、デジタルトランスフォーメーションに期待する企業は全体の2/3でした。「大変期待している」は22%という状況です。
相澤氏:デジタルトランスフォーメーションへの期待は高いとはいえ、「デジタルをどう活用したらいいかわからない」というお話は何度も聞きます。どのように進むべきか悩まれている企業は少なくないように思われます。
甲元氏:少し話題がそれるかもしれませんが、クラウド利用が進んでないのも大きいと思います。海外だと中小企業こそクラウドを使っているのに、日本では逆です。クラウド利用は大企業やスタートアップが中心で中小企業にクラウドが浸透していません。
井上氏:デジタルを主戦場としている企業は別として、そういう環境から離れていると「クラウド?それなに?」だったりしますね。否定するのではなく、ただ単に周知が進んでいない。例えばUberのような事例があると「私たちも」と変わってくるかと思います。
甲元氏:時間はかかるでしょうね。まだ日本は中小企業のトップの意識がデジタルへの対応に追いついていません。どう乗り越えられるか、どう使えばいいか、伝えられる人がまだ少ないこともありますね。
相澤氏:デジタル化が浸透していくかどうかは2つの段階があると思います。まずは知ること。お客様とつながる、生産性向上、オペレーションが変わるなどの具体的な効果が期待できることを理解することです。例えば一見、ITと遠く離れていると思われる農業はクラウドで大きく変わってきています。トラクターにセンサを載せて農耕具合を把握したり、ドローンで農薬散布や育成管理したり。こうした事例もあるので、この段階はそう時間はかからないと見ています。しかし、次のステップが難しい。つまり、「デジタル化の重要性は分かった、でもどうしたらいいか?」と実践できること。ここはITリテラシーや開発能力などが必要です。最適なパートナーにめぐり合えるかも重要ではないかと思います。
甲元氏:IoTにしてもデジタルトランスフォーメーションにしても「やってみたい」は純粋なモチベーションではありますが、大前提として目的が必要です。技術はツールなのですから、目的がなければ失敗の可能性が高くなります。まず、テクノロジをビジネスに活用するための考え方や手法をきちんと経営者やビジネス部門に伝えられる人が必要です。加えて要件定義や投資が回収できる見込みがないと着手できないこともあります。お客さんと一緒に工夫して、作り上げることができるパートナーが求められています。
相澤氏:今の日本のIT業界、SIは特にマネジメントが上手です。プロジェクトが赤字にならないようリスクを排除する管理がとてもうまい。結果としてチャレンジする領域が小さくなっていると思います。
甲元氏:役割分担が明確ですね。まだ新しいデジタル化の領域でシステム部がSIから「きちんと要件定義をしてください」と言われても明確な要件を定義することは困難なので、尻込みしてしまうのです。「新しいことへの挑戦」と「要件定義」には大きなギャップがあると思います。
相澤氏:デジタルトランスフォーメーションは主にシステム部ではなくユーザーサイドで起きています。しかしユーザー部門がSIに出すような要件定義が書けるかというと難しいです。そこを一歩踏み込んで、きちんとした要件定義はなくとも必要要素を抽出しパイロットモデルを作って実証実験する。お互いに失敗しないようにしつつ成功するポイントを見つけビジネスもアプリも強化していく。うまくコントロールしつつ、大きくできるといいですね。
甲元氏:現時点では、入念に企画を行い、時間をかけて要件定義し、失敗リスクを最小限に抑えようとする企業が多いのが実情です。多少失敗してもすぐ方針転換を決断し、修正、改良を加えていく。このような思考回路に変えていかないと新しいことはできないと思います。
相澤氏:クラウドならすぐに試せますから是非活用してもらいたいですね。ハードウェアは全く問題なく、ソフトウェアはPaaSもSaaSもできあいのものがありますから。
甲元氏:やめることもすぐできますからね(笑)。10年前に比べると新しいことに挑戦するためのハードルは確実に下がっています。伝統的なIT部門はまだ知らない。ちゃんと予算とってかちっとやらないと駄目だと思っています。ユーザー部門はそういうことすら知らなくて混沌としています。いい傾向だと思えるのは、小さくても優れているIT企業と付き合う大企業が最近増えてきています。
井上氏:最近スタートアップも見ているのですが、全然動き方が違う。両者でコラボするとIT進化の速度に合わせてビジネス展開するといいのでは。だめならだめですぐやめられますから。
相澤氏:元気のいいと認識されているところの傾向ありますか?業界や技術とか。
甲元氏:いま元気なのは金融ですね。いわゆるFinTechです。あとは運輸とサービス。サービスはその他諸々となりますが、人手を減らしてデジタルでやりたいという思惑があります。
相澤氏:金融はクラウド利用について、これまでとても「硬い」という印象でしたけど、ここ数年で変わってきました。守るところは守りつつ、新しいタイプの付加価値サービスのためにクラウドを活用しているように見受けられます。
甲元氏:エンドユーザー向けには最新のテクノロジーを使っていますね。特に中堅規模の金融系企業の危機感が強いようです。「ここで変えないと世界にやられてしまう。戦えるようにならないと」と。しかし上には「メインフレームしかまかりならん」と言う人がまだまだいるのですけど。
相澤氏:危機意識が強いのは次世代のリーダー層でしょうか。
甲元氏:日本は伝統的にミドルクラスが強い国です。最近は30~40代のミドルクラスのキーマン達が新しいことに挑戦する企業が増えてきています。面白い時代になってきたなと感じています。
井上氏:スタートアップ界隈も金融系が強いですね。
甲元氏:大きなビジネスに発展すればいいのですが。現在は始まったばかりの段階で、今後どうなるのかまだわかりません。
井上氏:1次産業はどうですか?先日、北海道の1次産業でアイデアソンやハッカソンをしているのを見ました。活性化していると実感しました。
甲元氏:1次産業は以前から、マーケット規模が大きく、IT化のポテンシャルが高いと言われていましたけど、5年以上前だと既存の権益とか守る人がいて壁を打ち破れませんでした。しかし最近は変わりつつあります。危機感で変わってきつつあります。
相澤氏:かつてネットワーク家電で頓挫したのも規制でした。インターネット越しに家電操作してはいけないとか。監督官庁のはたらきかけも含め、自分たちの利便性獲得から、どうビジネスに押し上げていくのかが大事ですね。