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データ活用にかける人生!―ウイングアーク1st 島澤甲さん

2015/02/24 13:50

 今回登場するのは、ウイングアーク1stの島澤 甲さん。データ活用のプロフェッショナルだ。意外にも大学で専攻していたのは化学だったという。とはいえ、「大学時代はほとんどコンピュータ関連のことをやっていました」。そもそも大学を選んだのもスーパーコンピュータがあったからだ。化学の世界ではあまりITを活用していない時代、まだまだスーパーコンピュータを活用する人は学内には少なかった。「すごいコンピュータを叩き放題でした」と振り返る。

島澤さんが手がけた製品のテクノロジーがわかる!

DB OnlineDay2015開催!―ニッポンを強くする!データ活用の未来

日時:2015年3月13日(金)13:00-18:10 
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炎上案件の洗礼を受け、やがて「なんでもやるエンジニア」へ

 ウィングアーク1st 島澤 甲さん
ウイングアーク1st 島澤 甲さん

 卒業研究は遺伝子の解析。大腸菌の遺伝子情報を紙に印刷した「電話帳くらいの厚さのもの」を渡され、中から特定の遺伝子配列を探すものだった。紙ではとてもやっていられない。そこで、自分でロジックを組みプログラムを作って解析することに。出来上がった遺伝子操作プログラムは、じつに上手く動いた。それを学内で発表すると高い評価も得る。結果的に大学は、それで特許を取得した。

 「大学からの特許報酬が500円で、出願のために必要書類を揃え速達で送るのに郵送料が390円かかりました。差し引きすると缶コーヒーも買えません(笑)」

 とはいえ、自分が作ったプログラムが高く評価されたという経験は、島澤さんにコンピューターへの可能性を感じさせるものだった。「コンピュータって世界を変える力があるなあ」―そう実感した島澤さんが就職先に選んだのはITの世界、請負型のSI会社だった。

 入社早々にアサインされた仕事は、いわゆる「炎上案件」。顧客先の工場の一角である意味"軟禁状態"に。システムが完成するまでは帰れなかった。そんな中、なんとか案件をこなせたのは島澤さんの実力だろう。とはいえ「今にして思えば、よく逃げ出さずにやったなぁ」と島澤さん。この会社では設計からプログラミング、テスト、さらには仕様書作り、顧客への説明資料作りと何でもやった。最初に最悪な案件から入ったので、短い期間で何でもこなせるエンジニアへと成長する。

 2年ほど経過し、実力をさらに試したいと思うようになる。そんな頃、ある会社から誘いを受けた。そこはかなりの実力主義の会社。自分の関わる案件の売り上げが給与に連動するのだ。つまり開発し儲かれば給与は上がる。大変そうだけれど面白そう、自分の市場価値を確かめるためにも、と転職を決意する。

 「お金を稼ぐ人とそうでない人では、給与は5倍くらいの差がありました」。

 島澤さんはここでも実力を発揮し、トップクラスの「稼ぐ人」になる。開発内容は多岐にわたった。バーコードリーダーのようなハードウェアを活用するものもあれば、Webアプリケーションで会議室予約も作った。受託案件だけでなく、自分たちで企画して製造業向けパッケージアプリケーションを開発、その販売プロジェクトも手がけた。

 パッケージビジネスは最初は順調だった。しかし、リーマンショックのあおりを受け、営業担当の削減など厳しい状況に。そこからは開発だけでなく営業やマーケティング的な業務も含め、「さらに何でもやるエンジニア」になる。

 「イベントに出展すれば展示ブースを設営して説明員をやり、終わったら撤収するまでやりました。もちろん営業にも行くのですが、本職ではないのでどうしても商売的には上手くいかない面もありました」。この時に感じたのは、組織の大切さ。開発する人がいて、それを伝え売る人がいる。組織が上手く機能するとビジネスも上手く回るようになる。

人との出会いが人生を変える

 苦労しながらも先端技術の研究開発を行っており、パッケージの仕事と稼ぐための請負仕事でがんばった。しかし、このまま長く続けるのは難しい。すぐに転職する気はなかったが、転職サイトに登録し情報収集を始めた。いくつかの企業を紹介され、そのうちの1つがフォー・クルーという開発会社だった。ここは当時の1stホールディングス・グループの1企業で先端技術の開発を行っており、現在のウイングアーク1stにつながる。

 会社との出会いというよりは、当時のフォー・クルー社長で現在はウイングアーク1stのCTOを務める田中 潤氏に出会ったのが転職を決意する理由だった。

 「フォー・クルーを訪れるとすべてモノトーンで統一されたオフィスでした。かなりモダンなイメージで、開発会社でこんなオフィスを作るなんてセンスがいいなと思いました。さらに田中さんと話をしたら、これが非常に波長が合ったんです」

 面接では田中さんは当時フォー・クルーで開発していた製品の、島澤さんはこれまでに開発してきたシステムの話をそれぞれした。互いにプレゼン大会のようになり、面接が終わると4時間あまりの時間が経過していたとか。

 「田中さんのような人とワイワイガヤガヤやりながら、世の中に対しエッジの効いた製品を出すのも面白いなと考えました」

 当時のフォー・クルーでは、BI・データ活用ソリューションである「Dr.Sum EA」のチャート機能「MotionChart」のVer.2を作っていた。この機能はアドビのFlashベースで開発されており、処理が遅いという課題があった。

 MotionChartはもっと速くできる。そこで入社2日目、入社研修中だったが改良したエンジンのプロトタイプを作ってみた。それが当時の100倍くらいの速度を発揮。田中社長に報告しその日は帰宅した。翌日出社してみると、なんだか騒がしい。じつはその時点でVer.2出荷開始の2週間前。にもかかわらず田中社長がこれまでの開発を全部止め、島澤さんが作ったエンジンですべての機能を作り直すと言い出したのだ。

 すごい判断をする会社だ…と思っていたところ、田中社長に呼ばれる。「コアエンジンを開発し直して、1ヶ月で機能を全部書き直してね」という業務命令を言い渡された。そこからは入社研修などそっちのけ。とにかく、1ヶ月ですべてを作り替えることになった。

 「あの時は、本当にこんな進め方でいいのかなとも思いました。結果的には今でもその時に作ったエンジンがベースとなっており、製品は売れ続けています。なので、あの判断は間違いではなかったんだな、と」(島澤さん)


著者プロフィール

  • 谷川 耕一(タニカワ コウイチ)

    EnterpriseZine/DB Online チーフキュレーター ブレインハーツ取締役。AI、エキスパートシステムが流行っていたころに開発エンジニアに、その後雑誌の編集者を経て、外資系ソフトウェアベンダの製品マーケティング、広告、広報などを経験。現在は、オープンシステム開発を主なターゲットにし...

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