IT予算は増額傾向を維持するものの勢いには陰り
ITRのIT投資動向調査は今年で19回目。ほぼ全業種に渡り、2826件のWeb回答を元におこなったもの。規模としては中堅・中小、大企業を網羅し、所属部門も情報システム部門をはじめ、経営企画、総務・経理・人事、営業・顧客サービス、研究開発など、バランスを配慮した構成となっている。
2019年度のIT予算額は、前年度から増加したとする企業の割合が35%、減少とした企業の割合が8%、横ばいの企業の割合が57%。2020年度に向けては、10%以上の大幅な増加を見込む企業の割合が2019年度の同回答から2ポイント減少し、20%未満の減少を見込む企業の割合が2ポイント増加している。
このIT予算の増減傾向を指数化した「IT投資増減指数」を見ると、2019年度の実績値は2.62となり、前年調査時の予想値(2.68)を下回る結果となった。加えて、2020年度の予測値も僅かではあるものの前年の調査時の予測値から下がっている。実績値および予想値ともに前年度を下回るのは、2014年度以来、5年ぶりのことである。
この結果に対して「予算が下がっているのではなく、増減指数が下がっているということ。つまり勢いが低下している」とITR シニアアナリストの三浦竜樹氏は言う。
全体的にはIT投資は増額傾向ではあるものの、「増減指数」から見た場合、モメンタムは低下しているのだ。
新規のIT投資比率が年々減少している
さらに2019年度のIT予算額における定常費用と新規投資の内訳比率の平均値を見ると、新規投資比率の全体平均は30.7%となり、前年度より1ポイント減少している。この数値は、2017年度から微減傾向にあり、2002年度からの経年で見ても、最低値に近い水準となった。新規投資の目的の比率は、ビジネス成長が32%、業務効率化が38%、業務継続が30%という比率。この比率傾向は、この3年間変化していない。
重要テーマは「データ活用」「サイバー攻撃対策」が浮上
上位5項目は前年調査から変化がなかったが、6位以下は変動した項目が目立ち、「情報やデータの活用度の向上」「サイバー攻撃への対策強化」「経営における意思決定の迅速化」の3項目が、それぞれ2ランク以上順位を上げた。
また、重要テーマを業種ごとに見ると、「業務コストの削減」は、「卸売・小売」と「情報通信」を除く全ての 業種で首位となった。「卸売・小売」と「情報通信」では、「売上増大への直接的な貢献」が首位となった。「情報通信」「金融・保険」では「デジタル技術によるイノベーションの創出」の順位が他業種と比べて高めである。
「IT人材」の比率増大、正社員化比率も上昇
国内企業の総従業員数に占めるITスタッフ比率の合計は、年々上昇の傾向にあり、2019年度は7%を上回る水準となった。「IT部門の正社員」の比率は、2018年度に3.0%に達し、2019年度はさらに上昇した。 「その他ITスタッフ」「ユーザー部門のサポートスタッフ」の比率は2019年度に微増した。
IT担当者の権限は金融がトップ、サービス・小売は低い
IT部門責任者が決裁可能な投資額(1案件)の上限は業種による違いが顕著に表れた。「金融・保険」では上限が5,000万円以上とする企業が非常に多く4割を占め、他の業種を大きく引き離した。また決裁可能な投資額の上限が「500万円未満」と回答した割合が最も高かったのは「サービス」で、次いで「卸売・ 小売」「建設・不動産」となった。
IT部門の役割は、3年後には「ビジネス戦略」にシフトする
IT部門が主体的に担う役割の変化として、現在および3年後についての質問には、現在のIT部門が主体的に担う上位の3項目が、3年後には大幅に減少するという見込みが得られた。上位3項目は、「システムの機能やパフォーマンスの改善」「システムの安定稼働/障害対応」「セキュリティ管理」である。代わって3年後に、増加すると予想されているのが「ビジネス戦略」に分類される項目である。
経営者のIT部門への期待は、金融、通信は高いが、製造業は低い。
経営者がIT部門にどのように期待しているかを、業種ごとに聞いたところ、「重要性を認識している」と回答した割合は「金融・保険」が最も高く、9割に上っている。「金融・保険」「情報通信」は、その重要性を社内外で公言している割合が他のセグメントより高く、4割超を占めている。一方で、「製造」や「建設・不動産」では「重要視していない」比率が17%と比較的高い。
IT部門の評価は「業務改善」と「安全なシステム運用」が主軸。
経営者のIT部門への評価が最も高いと考えられているのは「業務の改善や効率化を実現する組織として」および「安全にシステムを運用できる組織として」であった。
一方で、「新たな利益を生み出す組織として」は、「まったく評価されていないと思う」を選択した企業は他の項目より多く6%であり、評価されていない比率が3分の1となった。
デジタル変革の重要性は認識、しかし予算、体制整備は未着手
デジタル変革への取り組みについては 「情報通信」と「金融・保険」においては重視する度合いが高く、「全社レベルで取り組むべき」と考える企業の割合が3割を超えている。「サービス」と「公共」は、他業種に比べて重視する度合いが低く、「全社レベルで取り組むべき」とする企業は2割台前半にとどまっている。
またデジタル変革を推進する専任部門の人員構成としては、「既存のIT部門(またはIT子会社)のスタッフが中心」と回答した企業が6割を超えており、ほぼ3分の2を占めた。
また、専任組織の実施状況は「情報通信」と「金融・保険」において、DX専任部門の設置率が高く、2割を超えている。 「製造」は、既存部門がDX推進を担当するケースが多く、その割合が唯一3割を超えている。「卸売・小売」「サービス」「公共」の3業種は、組織的にDXを推進している割合そのものが低く、50%をやや超える水準にとどまっている。
業種別に聞いた「2020年度に新規投資が期待される製品・サービス」については、以下の表のような結果となった。業種別の新規投資については「5G」がほぼ全業種に共通のテーマのようだ。他にはAI/機械学習系のテーマや、チャットサービスなどのコミュニケーション系も目立つ。
時代状況に対応してきたIT部門
こうしたグラフから伺い知れるのは、この数年間、IT部門は限定的な予算の中で粛々と役割を果たしてきたという事実だ。2000年初頭のIT投資ブームから2009年のリーマン・ショックによる予算激減、2011年の震災以降の事業継続への対応、2017年の改正個人情報保護法、2019年の働き方改革法案への対応などを堅実におこなってきた結果が表れている。
その一方で、「イノベーション」や「デジタルトランスフォーメーション(DX)」が語られているほどには、IT投資の予算への期待やIT部門に対する期待や権限が増加していない。むろん「DX」とはITそのものではなく、デジタルによるビジネスそのものの変革であるという意味からは、IT部門の予算投資だけから判断することはできない。また最近では、SaaSやサブスクリプションによる安価なITサービスの台頭や、「スモールスタート」が可能になったこともあり、「予算としてのIT投資」だけでは勢いを判断できないともいえる。むしろ、「IT人材の正社員化」が見られるように、ITへの人材投資は増大している。
「IT人材の正社員の数は調査を開始して以来、ほぼ2倍に達している」とITRのシニアアナリスト 舘野真人氏が言うように、人材への投資意欲の増加は注目に値する。ただし、そこで期待されるIT人材のイメージが、「ビジネス戦略人材」という点は重要である。「内製化」の必要性や「アジャイル開発」などの新たな開発手法が提唱されてはいるものの、「開発系人材」が増えているというわけではない。
この調査結果から、投資動向の翳りを読み取って、「2025年の崖は乗り越えられるのか」という危惧する声もある。しかし、最も先進的に取り組んでいる情報通信、金融業界の経営層のIT投資への意識が、ポジティブであることは希望が持てるといえる。通信や金融が今後デジタルで大きく変化することで、製造や流通・小売の業界にも伝播していくことが考えられるからだ。
気になるのは、IT部門が経営層からは業務改善面での期待のみで、新たなビジネスの牽引者としてみなされていないということだ。IT部門の担当者としては、3年後には「ビジネス戦略」の役割を担うことを期待している反面、IT部門を新たなビジネス価値を生み出す戦略組織として位置づけている経営者は少ない。IT部門はプロフィットセンターとは、経営層からみなされていないということだ。
セキュリティ対応やガバナンス対応、働き方改革対応が一段落し、基幹系システムの刷新など新たな課題も浮上している中で、IT部門の現状(As Is)と「あるべき姿」(To Be)の間にはまだギャップがあるといえる。2020年からは、このギャップが解消されIT部門が、ビジネス価値を創出できるかどうかが問われるフェーズとなるだろう。
ITRは19年に渡り、独立系の立場でユーザー企業に密着したデータを収集しているが、本調査の他にもヒアリング・インタビュー調査を継続して実施している。「ここ数年でユーザー企業のニーズは確実に変化している」と同社の三浦元裕代表が言う。
日本市場に特化し、地に足のついた調査を継続している同社のレポートからは、企業内の担当者にとっての判断材料や、ファクトに基づいたインサイトが得られるだろう。