投資先企業との連携で生まれるビジネスインパクト
――前編の冒頭で日本のCVCは新規事業の創出を重視する傾向があると指摘していましたが、セールスフォース以外の米国テクノロジー企業のパートナー投資にはどんな傾向がありますか。
「既存事業の補完」のために投資しているのは、僕たちだけではありません。企業向けサービスマネジメントのServiceNow、人事管理と財務管理のWorkday、ソフトウェア開発のAtlassian、ストレージサービスのBoxなどが、セールスフォースと同じようにビジネスのコアを補完する投資をしています。
僕が声を大にして言いたいのが、日本のCVCも自社のコアを強化する投資をするべきだということです。僕はSaaSであればどんな製品が成功するかを予想できますが、ロケットの作り方はわかりません。ですから宇宙ベンチャーに投資することはありません。出資した会社がロケットを打ち上げて火星に行っても、セールスフォースのお客様の成功につながらないからです。新規事業の創出を目的とすると、「飛び地」ができてしまいます。それでは事業会社として非連続成長による発展は期待できません。
――自社のコアを補完する投資に成功すると、既存事業にどんなインパクトが生まれるのでしょうか。
現在、日本のセールスフォースのお客様は数万社います。既存のお客様に提供しているのが、「Salesforce AppExchange」というビジネスアプリケーションのマーケットプレイスです。このサイトにログインすれば、セールスフォースの製品と連携可能な様々なビジネスアプリケーションの理解を深めることができます。
見方を変えると、このサイトに来るということは、そのお客様がセールスフォース製品に満足していて、もっとセールスフォース製品を使いたいと考えている可能性があります。その証拠に、ここで投資先のSansanの動画を視聴し、Sansanに関心を持つと、セールスフォースの営業経由でSansanの営業と話したいと連絡が来るんです。AppExchangeに来た時点で、すでにお客様の熱量が十分に高まっているので、商談はトントン拍子に進みます。投資先の企業のソリューションを紹介することで、お客様に喜んでもらい、投資先企業もうれしいわけです。
これはセールスフォースが投資先企業を紹介する例ですが、逆のパターンもあります。Sales Cloudの利用料は月額18,000円/IDなのですが、ある商談先の予算感には合いませんでした。その代わりに、その企業が導入を決めたのは月額600円/IDで使える勤怠管理のTeamSpiritでした。この製品はセールスフォースのプラットフォーム上で開発されたものです。勤怠管理は、営業の社員を含む全社員が使います。使い続けるうち、営業の社員の残業が多いことがわかってきました。それをきっかけに営業組織の業務改善の必要性を認識するようになり、再度Sales Cloudの検討が始まることもあるわけです。
営業だけでなく、マーケティングやカスタマーサポートでも同じことができます。こうした例が投資先の数だけあるのが、僕たちの強みだと思います。
スタートアップが得られるセールスフォースからのサポート
――パートナー投資は日本だけで行っているわけではありませんよね。
その通りです。僕たち戦略投資部門(Corporate Development)は大きく米国、欧州、日本の3拠点で活動していて、現在の投資先企業は世界22カ国、375社に上ります。
米国の雑誌Forbesがクラウド版のユニコーン企業リスト「The Cloud 100」を毎年発表しているのですが、AccelやSequoiaのような著名な独立系VCを抑え、3年連続でリスト中最も多くの会社に投資しているのがセールスフォースです。ちなみに、2018年からForbes Japanがこのリストの日本版を発表しています。こちらは米国ほどスタートアップが多くない分、トップ10までとなりますが、2018年版、2019年版共にセールスフォースの投資先7社がランクインしています。
日本での投資はとてもうまくいっているので、社内で予算を確保し、日本のスタートアップ専用に1億ドルの「Japan Trailblazer Fund」を設立しました。2019年のハイライトは、6月にSansan、12月にFreeeが東証マザーズに上場したことですね。SaaSスタートアップはストック型のビジネスモデルなので、売上の予測可能性が高いという特徴があります。この2社だけでなく、僕たちは投資先企業の全てにユニコーンになってもらうべく、様々なサポートをしています。
――資金提供以外で、投資先企業にはどんなサポートを提供していますか。
最初に実施するのが売上を伸ばすためのワークショップです。セールスフォースと同じように、営業組織を「マーケティング」「インサイドセールス」「フィールドセールス」「カスタマーサクセス」の4つに分解し、「The MODEL」の仕組みを作ることを勧めています。マーケティングはコンタクト先の獲得、インサイドセールスは商談数の獲得、フィールドセールスは受注数、カスタマーサクセスは継続契約数をKPIとして持つのが特徴といえるでしょう。それぞれが縦割りに活動するのと比べ、経営者にとっては、自社のビジネスが可視化されるというメリットがあります。Forbes Japanの「クラウド10」の企業は、ほぼ全てこのメソッドを導入しているはずです。
SaaSのビジネスでは、売り切りのビジネスモデルとは異なり、受注してからが勝負です。解約防止の科学的メソッドの指導の他、プロダクト開発でもセールスフォースのベストプラクティスをプロダクトチームに提供し、何を優先的に開発するべきか、チーム構成をどうするかなどを指導しています。
これ以外では、被買収企業のトップでセールスフォースの幹部になった起業家たちの話を直接聞くカジュアルな場も設けています。2016年に買収したQuipの創業者で、2019年12月に社長兼COOに就任したBret Taylorや、Pardot(2013年にセールスフォースによる買収前のExactTargetが買収)共同創業者の一人で、現在Marketing Cloud、Commerce Cloud、Community Cloud担当のエグゼクティブバイスプレジデント兼ジェネラルマネージャーを務めるAdam Blitzerの話は、日本の起業家たちに人気がありますね。