早いものでこの連載も第5回目となりました。今回はエンタープライズIT企業の中で、営業が売るための「きっかけ」作りをするいわゆる「マーケティング部門」を取り上げます。最近ではインサイドセールス、デジタルマーケなどなど、様々な言葉も飛び交い、どこまでが営業でどこまでがマーケティングなのかわかりづらいかもしれませんが、本稿では会社の組織としてのマーケティング活動全般を取り上げます。
BtoB企業のマーケ、予算は使い切ることが大事
エンタープライズITの世界では、営業でもなければ管理部門でもなく、見込み客になってくれたり、応援してくれそうな社外の人との接点を作り、その関係性を維持する部門をマーケティング部と呼んでいます。企業によっては、マーケティングコミュニケーション部、企画部、プロモーション部などと言われることもあります。少し規模が小さい会社や外資系企業などでは部署ではなく担当者が1−2名置かれていることも多いです(外資系の場合は規模にもよりますが、フィールドマーケティングマネージャーという役職で各国に1名だったり、アジア地域で1名だったりします)。超大手になると、プロダクト毎、サービス分野毎にマーケティング部門があったり、セミナー担当、広告担当、Webマーケティング担当など活動内容毎に担当者がいたりします。プロダクトマーケティングは少し毛色が違うので、今回は割愛します。
この部門(担当者)の仕事はズバリ1つです。決められた予算、決められた枠内で、見込み客を作り出し(Lead Generation)、営業に渡すこと(システムに登録すること)です。
決められた予算というのはマーケティング予算です。これは企業の規模やその体制によりまちまちで、億単位だったり、数千万単位だったりします。この決められた予算は四半期毎に割り振られていて、それをいかにうまく使って、どれだけ多くの、そして精度の高い見込み客データを登録できるかが鍵になります。この予算には様々な枠組みがあり、また金額や内容は上司(外資系の場合、上司が海外にいることも多いです)と交渉する必要があります。またこの枠以外に別途ファンドがあり、別枠の予算(例えば特定企業と共同イベントを行うための予算)が提供されることもあります。
そして、この予算なのですが、余らせてしまうと悲惨なことが起きます。なくなってしまうのです。来期に持ち越すことができません。もっと言えば「あ、余らせても、これだけの結果を残せるなら来年はこんなにいらないね」と予算を削られてしまう可能性さえあるのです。そのため、マーケティング担当は「やりくり上手」になる必要があります。
またマーケティング担当むけのサービスを提供している企業(イベント会社、セミナー運営会社、広告制作会社など)では、どの企業の期末がいつで、年度末がいつか、というのを表にして持っていると聞いたことがあります。というのはどうしても期末、年度末(3月末ではない会社も多くあります)にはマーケティング担当者の財布の紐がゆるみがちになるからです。もしかして読者の皆さんが「あの会社、意味がなさそうなセミナーに協賛しているなー」「やたら派手なイベントをしているな」と思ったらもしかしたら余った予算で出展している可能性もあります。また、期末には展示会も出ない、広告も出さないという会社があったら、やりくり下手で先に予算を使い果たしたマーケティング担当者がいるのかもしれません。
もう1つこの担当者の腕の見せ所は「組む相手の選定」にもあります。イベント会社、セミナー運営会社もたくさんあります。大きなイベントとなると平気で数百万円〜数千万円かかってしまうため(イベントに関わっていない人が想像する金額よりはるかに大きな金額が動きます)、選定する会社を間違えると悲惨なことになりかねません。よってマーケティング担当は普段からイベント運営会社の情報収集を行っています。ある方はエンタープライズIT系のイベントに数多く参加し、いいイベントだと思ったらどこの会社が運営しているかを尋ね、実際にそこに依頼していると言っていました。
また多くのメディアでは、企業のマーケティング担当が申し込みをすると、告知、集客、セミナー、事後レポート、参加者データがセットになったセミナー協賛パッケージを提供しています。メディアのお墨付きのイベントで講演を行うと、関心が高く精度の高い(購入の可能性の高い)リード(見込み客の情報)が入手できるため、とても人気となり、これが広告出稿以外でのメディア側の収益源となっていることも多いです。
コロナ禍でコンテンツマーケティングが再注目
そしてこのコロナ禍で、多くのマーケティング担当からは「困った」という声が聞こえてきました。なんでも、展示会出展やセミナー協賛で取る予定のリードが、あてにできなくなったそうなのです。展示会が軒並み中止となり、別の手段で見込み客を見つけなければいけなくなったのです。
そこで増えているのがオンラインセミナーとWebコンテンツを活用したいわゆるコンテンツマーケティングです。
なんでも、企業向けコンテンツ作成を請け負っている編集プロダクションやフリーランスのライターさんはこの需要がすごく忙しい日々を送っていると聞きました。またオンラインセミナーの収録/作成を請け負うあるベンダーさんの売り上げは、昨年の数十倍にのぼるとか。今までは仕事で「会社の中で動画セミナーを見る」文化がなかったのですが、コロナをきっかけにそれが定着してきたようです。
これ以外にもマーケティング担当はオンライン広告やマーケティングオートメーションの活用などの仕事も担います。Webサイト情報の更新(外資系なら翻訳)、その他外資系ではコラテラルやブローシャと言われるカタログ類の管理も仕事に入ってきます(最近は印刷しないことも増えてきましたが)。
MA(マーケティングオートメーション)の活用法としては、eBook(PDF化された役立つ資料)をサイトに置いたり、ウェブセミナーを行うなどして入手した属性情報を蓄積して管理、その人の動き、活動に合わせて、自動的に次の手を打つ仕組みです。例えば、次に同じ人が再びWebサイトの他のコンテンツを見にきたり、さらに詳しい資料をダウンロードした場合などは自動的にメールが送信されたり、インサイドセールス担当が電話をかけるなどの行為が行われるような感じです。
あるBtoB企業でにマーケティングを担当している知人は、興味のある内容を見つけたら資料請求を積極的に行なって、他社の仕掛けの設計を勉強すると言っていました。何をどのように請求すると次に何が起きるのかを体験するのだそうです。単に一度資料請求をしただけだと、関心度の高くない人向けのメールが自動送信されて届くだけなので、その知人は届いたメールを読み、中にあるリンクもクリックしてみないと、マーケティング担当者としては勉強にならないのだと言っていました(注:当たり前のことではありますが、実際に興味のない製品の資料請求はせずに、ご自身が興味のあるものに対して行なってください)
余談ですが、昔(25年以上前)はこのような仕掛けがなかったので(SFAのようなものもまだ出てきていませんでした)スプレッドシートや自社独自のデータベースを使って問い合わせを管理していました。またインターネット以前の資料請求は、月刊誌の広告に「資料請求番号」が記載されていたり(巻末に閉じられているハガキに番号を書いて返信するとカタログが郵送されてくる)、FAX BOXサービス(利用者が所定の操作を行うと、資料がFAXで送られてくるサービス)などが用いられていました。
BtoBマーケのインフルエンサーはこの人たち
このようにだんだんと移り変わってきた様々なマーケティング関連技術に、マーケ担当はキャッチアップしていかなくてはなりません。ですが、一番大事なことは、普遍的なマーケティングの考え方を理解することです。普遍的と書いたのに少し矛盾するかもしれませんが、少しづつ変化はしています。最新の考え方を取り入れつつも、大元の部分では大きく変わることのない理論や法則。それを知った上で、活動することが大事になります。エンタープライズIT業界のマーケティングについて学びたい方は、BtoB マーケティングの本を買ってみてください。良書がたくさんあります。ABMの考え方も役に立つことでしょう。
マーケティングの勉強をするために役立つのは、例えばMarkeZineにも記事が出ていますが、音部大輔さんの著作などが良いと思います。
またBtoBに特化している部分を強化/理解するには、BtoBマーケティングの第一人者である庭山一郎さんの新刊『BtoBマーケティング偏差値up』(日経BP)がお勧めです。また、現在freeeの執行役員をされている中東孝夫さんの記事、才流の栗原康太さんのTwitterなども参考になると思います。
それから、私の観測範囲の話になってしまいますが、成果を出し続けているマーケティング担当、急に頭角を現しているマーケティング担当は得意分野を極めつつも、以下も平均以上にわかっている印象です。もやっとしてわかりづらい活動かもしれませんが、バランス良く力をつけて維持していきたいものです。
- マーケティングの知識を学び、アップデートしている(BtoBマーケティングの知識)
- 業界を理解していて、実力がある協力会社/個人コンサルタントと接点を持っている(相手の実力、得意分野を知っていて、適切なタイミングで相手と組める)
- どんな打ち手があるかを知っている(様々なデジタル施策)
- 最新のツールや技術を知り、使いこなせる(MAなど)
- 予算を管理して使いこなせる