「AIは使ってなんぼですから」。日本コンピュータビジョン(JCV)の本島昌幸COO(最高執行責任者)は、自社の事業目的をそう形容する。同社は4月上旬から、コロナ禍で需要が急騰する発熱者検知システムの販売を始めた。AI(人工知能)を使った顔認識技術を使い、0.5秒で発熱の有無を検知できるという。
JCVは2019年5月に設立したばかりの会社だ。ソフトバンクの完全子会社で、同グループのAIソリューション開発を担う。いくつか予定していた開発計画もあったが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で発熱検知システムを急遽開発するに至った。
このシステムは、顔認証による入場ゲート制御のシステムに高解像度サーモグラフィカメラを取り付けたものだ。通常のカメラで顔を認識し、サーモグラフィカメラを使って顔の表面温度を計測。両方のカメラデータを使い、前髪や眼鏡などを避けて自動で正しい体温が測れるという。
顔認識もコロナ禍に向けた改良がされている。従来の顔認識AIだけでなく、マスク着用した人を検知できるAIも搭載しているのだ。2つのAIが連携し、例えばマスクを付けていない人に着用を促せる。マスクをしたまま顔認識をして、登録済みの利用者かを判別するなども可能だ。
専用端末やソフトウェアのライセンスなどを含めて、利用料は月額7万2000円(税別)から。初期費用を含めた初月の利用料は36万円(税別)で提供している。8月時点で、AIを活用した顔認識技術と赤外線カメラによる AI で温度測定するタブレッド型の装置で市場シェアNo1※を獲得している。
※2020年8月 株式会社東京商工リサーチ調べ:対象製品を国内で提供する会社5社を対象にした対象期間中の合計出荷台数の調査
JCVがこうしたサービスを実現できたのは、「学術的しっかりとしたバックボーンがあること」(本島COO)だ。JCVが使うAIは、中国のSenseTime(商湯科技)が開発を担っている。
世界トップレベルの研究
SenseTimeは香港中文大学をルーツとし、AIの研究・開発をする企業だ。その技術力はトップレベルで、学術界での評価も高い。自身もAI研究者であるConvergence Lab.の木村優志CEO(最高経営責任者)は「MIT(マサチューセッツ工科大学)やCMU(カーネギーメロン大学)の研究グループにも劣らない。むしろ勝っているかもしれない」と、その技術力を評価する。
得意としているのは、JCVのシステムにも使われている画像系のAIだ。6月に開催された画像処理の国際学会であるCVPR2020には、SenseTimeから62本もの論文が採択された。研究者の質や人数、研究に使えるコンピュータの計算リソースは世界トップレベルだ。同社は様々な企業に、研究成果である技術の提供をしている。
SenseTimeには、2018年にソフトバンク・チャイナ・ベンチャー・キャピタルが10億ドルを投資している。こうした関連もあって、ソフトバンクの子会社であるJCVのシステムには、SenseTimeのAIが使われている。
卓越した技術力に裏打ちされたAIがあるからこそ、発熱検知システムは開発できた。サーモグラフィカメラで温度を測るだけなら簡単だと思うかもしれないが、そんなことはない。例えば、カメラで検知する温度は表皮のもので、実際の体温を知るには補正が必要だ。JCVのシステムは学術的な裏付けを元に、体温を推論するAIを使っている。
温度を測る場所を正しく決めるのも、高精度なAIなしには難しい。顔認識AIで額の位置を判断するといったプロセスを省略すると、「人物の後ろで、太陽光で加熱されたアスファルトの温度を測ってしまうこともある」(本島COO)からだ。