2020年3月に日本でもついにサービスが開始した第5世代移動通信、通称「5G」。残念なことに国内でのスタート時期が新型コロナウイルスの感染拡大と重なってしまったこともあり、まだ産業界に大きなインパクトをもたらすほどの普及には至っていない。だが、低遅延/大容量/多接続という高品質な通信を実現する5Gは、コロナ禍にあって急速に需要が拡大しているさまざまなニーズ――リモートワークやオンライン授業、イベントストリーミングなどの利便性を高め、ITによる日本経済の活性化を支援する存在として期待されているのもまた事実だ。とくにコロナ禍でその重要性が再認識されている日本企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)化においては、5GとAI/IoTといった最新技術と組み合わせることで、これまでにないユニークな事例がすでにいくつか登場しはじめている。
来たるべき5Gの本格普及に向け、日本企業は何を準備すべきなのか。その解を見つけるためには、まず現在の5Gの世界で何が起こっているのかを具体的に理解することから始めたい。本稿では10月6日にオンラインで行われたITRの年次カンファレンス「ITR IT Trend 2020」において、同社のチーフアナリストであるマーク・アインシュタイン(Marc Einstein)氏によるセッション「5G Enterprise Services Outlook(5Gエンタープライズサービスの外観)」の内容を紹介しながら、5Gが日本企業にもたらす可能性について見ていきたい。
諸外国におけるこれまでの5G普及の過程
セッションの冒頭、アインシュタイン氏は日本よりも先に5Gの商用普及(B2Cサービス)が始まった国のケース、とくに世界でもっとも速いスピードで5Gユーザの数が増えている韓国(2019年4月スタート)の状況を中心に説明している。
まず4Gと5Gの平均ダウンロード速度を韓国、米国、オーストラリア、イギリスの通信事業者間で比較したところ、どの通信事業者においても4Gよりも5Gのほうが高速という結果になっている。その中でも韓国の通信事業者3社(LGユープラス、SKテレコム、KT)はいずれも5Gの平均ダウンロードスピードが200Mbpsを超えており、4Gの4倍以上の数値となっている。ただし、現時点で韓国の3事業者は4G LTEのコアネットワークを併用するNSA(ノンスタンドアロン)方式であり、利用している5Gの周波数は3.5GHz帯のみであり、アップロードスピードに関してはそれほど向上していない。韓国の事業者がコアネットワークおよび基地局ともに5Gを導入するスタンドアロン(SA)方式に移行し、ネットワークスライシングなどのB2Bビジネスを本格的に展開するのは2020年後半になると言われている。
アインシュタイン氏は続けて韓国における5Gの現状として、「全データ通信量に占める5Gの割合は確実に増加している一方、モバイル通信事業者にとって重要なKPIであるARPU(Average Revenue Per User: 1ユーザあたりの平均収益)に関しては5Gスタート開始時期に若干持ち直したものの、現在は再び下降傾向にある」としている。5Gユーザはより多くのデータを、より速いスピードで獲得できるようになったものの、そのことが通信事業者により多くの利益をもたらすまでには至っていないようだ。ここでアインシュタイン氏は「だからこそ、5Gのマネタイズという点ではB2Bビジネス、とくにエンタープライズにフォーカスしたサービスへの期待が大きい」と語る。SA方式による5G接続が増え、3.5GHz帯だけでなく「ミリ波」と呼ばれる28GHz帯の活用も進み、さまざまな産業の現場で5Gが導入されるようになれば、コンシューマ市場とは規模も形態も異なる5Gサービスが数多く登場し、それらが5G市場を牽引/拡大する存在となることも十分に考えられる。
また、アインシュタイン氏は5Gデバイスのトレンドについても説明を行っている。2020年6月時点で5Gが利用できるデバイスは317モデル、うち43%をスマートフォンが占めており、つづいてルータなどを含むCPEデバイスが27%、通信モジュールが15%となっている。デバイスの価格もトレンドを形成する重要なポイントだが、2020年10月時点の米国におけるエントリレベルの5Gデバイスの平均価格は150ドルほどで、2019年7月ごろの500ドルに比べると大幅に下落していることがわかる。アインシュタイン氏は「(エントリレベルの)デバイス価格の下落はさらに続く」と見ているが、まもなく発表されるであろうAppleの新型iPhoneの登場が今後のデバイス価格動向にどれくらい影響するか、興味深いところだ。(筆者注: 原稿執筆時点ではAppleの新発表はまだ行われていない)