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システム発注担当者の「導入したい」は契約の意思表示となるか

 今回は「発注の意思表示」をテーマに取り上げます。商談の場において何をもって発注の意思表示とするのかは、発注側・受注側双方にとって重要な問題です。あいまいな発注は双方にとって事故の元になりますし、下手したら損害を被ることになりまかねません。

「なんとか商談を成立させたい……」営業職の焦り

 私はかつてITベンダーの営業職に従事していた経験があります。当時はまだWindowsやインターネットが世に知られるようになったばかりで、こうした新しい技術を利用したシステムのセールスには、ある程度技術的な知見のある人間も必要でした。

 それまで属していたシステム開発部門から、営業部門に異動させられてのことでしたが、実際にやってみると、営業職はなかなか苦労も多く、顧客企業に財布のヒモを緩めてもらう難しさに悩む日々を過ごしました。

 正確に顧客企業の課題を把握し、それを解決するシステムや技術を検討し、顧客企業側の担当者の中から正しい相手を見つけて説得する。価格については社内外に様々な依頼と交渉をしてなんとか引き下げてもらい、ようやく見積もりを出せる。そこまでして正しいシステムの提案をしても、顧客企業の財務状態が悪ければ商談は成立しませんし、うまくいきかけた商談が誰かの鶴の一声で潰されてしまうなどということもしばしばでした。

 当時の私は、一体何度、人に頭を下げ、そしてがっかりしたことでしょう。しかも営業職は売上がそのまま人事評価や賞与の額に響くわけですから、心の中に湧き出す焦りというもの抑えきれないくらいに大きくなっていきます。今思い出しても、なかなか胃の痛くなるような仕事ではあります。

 そんな状態ですから、顧客企業からの引き合いには大きく心が動きます。しかもそれが既に導入したパソコンのアプリをもっと増やしたいなどという話ならば、新しく開発をするリスクをともなわずに売上が上がりますし、かつて自分が導入した最初のアプリが高く評価されたのだという嬉しさも手伝って、どんどん商談を進めたいという思いに駆られることでしょう。

 しかしそこには落とし穴もあります。その最たるものは、取り込み詐欺のような犯罪に巻き込まれることですが、それ以上によくある話は、購入意志が固いと思われた顧客企業側が突然、「いや、そんな約束はしていない」と手のひらを返したような態度をとることです。

 同じようなことはIT以外のビジネスでもよくあることですが、ITの場合、正式発注を待たずに準備作業を進めたり、一部の開発や改変を行うこともよくあります。そのために人材を確保したり、ソフトウェアの購入を行ったりすることで、実害を被ることもしばしばです。今回は、そんな「手のひら返し」とも思われる事例について、お話ししたいと思います。まずは事件の概要からご覧ください。

次のページ
顧客企業担当者の「この後全部入れる……」は発注の意思か?

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この記事の著者

細川義洋(ホソカワヨシヒロ)

ITプロセスコンサルタント東京地方裁判所 民事調停委員 IT専門委員1964年神奈川県横浜市生まれ。立教大学経済学部経済学科卒。大学を卒業後、日本電気ソフトウェア㈱ (現 NECソリューションイノベータ㈱)にて金融業向け情報システム及びネットワークシステムの開発・運用に従事した後、2005年より20...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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