産業の定義が変わる
あらゆる業界で、産業シフトの進展が見られる(図1)。自動車産業を例にとろう。自動車業界は、百年に一度の大変革期と言われ、ここ数年間CASE(Connected:コネクテッド、Autonomous:自動運転、Shared & Services:シェアリング/サービス、Electric:電動化)と呼ばれるトレンドが席巻してきた。すでに自動運転分野では、Alphabet社傘下のWaymo社の自動運転車がカリフォルニアの公道を、AutoX社の無人タクシーが深圳の公道を走っている。シェアリング/サービスの分野では、ライドシェアの浸透により海外で多くのサービスプロバイダ(Uber社、Lyft社など)が急成長したことも記憶に新しい。
MaaS(Mobility as a Service)、カー・サブスクリプション、自動運転タクシーなど、製造・販売に留まらない新たなビジネスモデルが自動車産業の枠を大きく広げつつある。トヨタ自動車をはじめ幾つかの企業は、自動車メーカーから、「移動」を提供するモビリティカンパニーへ戦略シフトする方針を打ち出している。また、自動運転やMaaSに関わるAI、ソフトウェア、デバイスを供給する多くのテックベンチャーが業界に参入している。これまでOEMを頂点とするエコシステムを形成していた自動車産業は、自動運転技術やサービスを包含する新たなフォーマットの産業へ変遷することが予想される。
このような例は自動車業界に留まらない。規模や程度はさまざまだが、産業の定義や主流のビジネスモデルが移り変わる例は少なくない。IT業界もその代表例のひとつであろう。旧来より、ITシステムを構成するハードウェアやソフトウェアは製品として販売され、企業のデータセンターなどに導入されてきたが、2000年代終盤より普及が本格化したクラウド・コンピューティングによってその多くがIaaS、PaaS、SaaSといったサービスで提供されるようになった。また、オンプレミス環境においても、機器/ライセンス+保守サービスの方式ではなく、サブスクリプション方式で調達できる製品が増えてきている。
小売・店舗での物販もAmazon.comや楽天市場をはじめとするEコマースに移行しており、コロナ禍でその勢いが加速した。また、モール型ではなくブランドが直接提供するD2C(Direct to Consumer)の形態も増えつつある。娯楽・メディアの分野も同様にビデオ、音楽、書籍などのサブスクリプション提供やオンライン販売が進んでいる。人材派遣や業務委託においても、派遣会社や元請けを介さずにマッチングサイト経由でフリーランスやギグワーカーを調達する例が増えている。さらに、保険業界でも産業シフトが進んでいる。個人の行動データや消費動向に基づく料率変動型の保険(テレマティクス保険など)が普及しつつある。生命保険会社では予防を重視した健康増進型保険の提供やライフデザインの支援を行うようになってきている。先進テクノロジによる新たな保険商品や業務方式は、金融業界のFinTechになぞらえてInsurTech(インシュアテック)と呼ばれる。
全体的にモノ売りからサービスへシフトする「サービタイゼーション」の例が多く見られるが、これもマクロかつ長期的な視点からの産業シフトといえる。国家が成熟するに従って、第一次産業、第二次産業の規模が相対的に減少し、サービスを主体とする第三次産業が拡大する傾向がある(ペティ=クラークの法則)。今日、デジタル技術を活用するだけでなく、サービスビジネスへのモデルチェンジが多く見られる背景にはこうしたメガトレンド
これらの産業シフトにおいて注目すべきは、主要プレーヤーのラインナップやキーテクノロジがこれまでと異なるだけでなく、ビジネスにおける収益の源泉も変化しつつある点だ。例えば、オンラインコンテンツ事業では、出版物やゲームのタイトルの売上に加えて、サブスクリプションサービスの課金が収益の多くを占めるようになってきている。移り変わる産業界のなかで、いかに競争優位性を獲得するかが、多くの企業において重要課題となりうる。