医師と同様のがん診断を目指す
近年、医療分野におけるコンピュータシステムの適用が進んでいます。例えば、がん検診では高精度で患者への負担が軽いことから、医療画像を用いた診断がよく行なわれますが、中でもPET(陽電子放射断層撮影装置)による全身画像診断は、数ミリ程度の初期がんから発見できる画期的な方法と言われています。
PETによる診断では、FDG(フルオロデオキシグルコース)という薬剤を体内に投入した患者の全身を128×128画素の“スライス(輪切り)画像”で撮影し、その画像からFDGの集積度(SUVという値で表わされる)が高い場所、つまりがんを見つけ出します。しかし、PET画像を使用した検診では全身を多数のスライスとして撮影しますが、その9割以上はがん細胞が見受けられない正常な画像です。医師は、がんが見つかる可能性のない画像の読影に大半の時間を割いているわけです。
そこで、筆者らは大学病院の放射線医学の専門医師と協力し、PET画像を基に医師と同じ手法でがんを自動診断するエキスパートシステムの開発を進めています(図1)。具体的には、新たに考案した画像推論システムにより、医師と同じ手法で異常がある可能性の高い画像と低い画像に振り分けるというものです。これにより、医師は異常のある可能性が高い画像の読影に集中できます。
また、生理的にFDGをより多く取り込んでしまう腎臓や肝臓などでは、がんがない場合でもSUVが高くなるため、「その臓器の正常値から見て異常な集積度か」を判断する必要があります。研究中のシステムは、その判断も含めた自動化を目指しています。
自動診断システムの実装方針
自動診断システムの構築で最も重要なのは、システムが下す診断の信頼性です。そこでこのシステムは、医師の診断プロセスをできるだけ忠実に記述し、医師が行なっている診断過程をそのままコンピュータ上で再現して自動化するという、人間模倣的なものにしました。
そこで、読影医に読影手法について細かくインタビューし、さらにシステムの診断手順が正しいかを医師がチェックできるようにしようと考えました。しかし、読影手法をまとめたり、医師にシステムの内容を理解してもらうことは想像以上に困難で、システムの信頼性を十分なレベルにまで向上させることは難しいと言わざるを得ませんでした。
ただ、インタビューを重ねて医師の診断プロセスを分析すると、「臓器の大まかな位置を解剖学的な位置やSUVを基に推定する」「臓器ごとに異常を判定する」というように、順序立ったステップを踏んでいることが分かりました。その結論に基づき、筆者らは次のような方針で自動診断システムを開発することにしました。
- 「スライス(人体断面画像)」の300枚ほどの列を診断の基とする
- 医師は人体構造の知識を用いてスライスから大まかな臓器領域を認識するが、これと同じ判断を局所性を考慮した画像処理により実現する
- 臓器領域のボクセルマップ注をスライスと対応させて作成する
- 個々の臓器領域の中に異常値や異常形状が含まれるかを、医師の判断基準をまねた「領域を引数とする3D画像処理関数」の組み合わせで表現する
ボクセル(voxel)は立体を立方体で分割した際の1単位。2次元画像のピクセルに当たる。
また、医師にはシステムが処理を行なう過程で注目したスライス画像とそれに関するデータを、PCの画面で順に見てもらうことにしました。それにより、医師はシステムが行なっている処理の意味を把握し、その妥当性を評価できると考えたからです。