既存事業に先がなければ、新たな何かをやるしかない
井無田仲氏(以下、井無田):金沢さんは、中長期の新規事業の創出を推進するABセンターのセンター長として「攻めのDX」を担いながら、情報システム本部のトップとして「守りのDX」も進めておられますね。まずは、DXのフロントランナーとも言える金沢さんのご経歴を教えてください。
金沢貴人氏(以下、金沢):入社当時から研究開発部門に長く携わり、印刷原版をCADで作る仕組みの設計開発などを行っていました。その後、工場の技術部門に移り、DNPの主幹工場である蕨工場(埼玉県)での工場長を経て、企画部門に移りました。現在は、ABセンター等の新規事業創出部門と情報システム本部を兼任しており、当社の幅広い領域に携わっています。
井無田:金沢さんは、新しいものを常に取り入れ、私たちのようなスタートアップともフラットにお付き合いをされる稀有なリーダーだと思います。そういった金沢さんのキャラクターは、御社の土壌によって育まれたものなのでしょうか。
金沢:1876年に創業した当社には、課題を解決するたびに、「次は何をするべきか」と、常に先を考えるカルチャーがあります。サービスの基盤をデジタルベースへと変え、世の中に提供していくのは、簡単なことではありません。我々が、印刷業界という、デジタル化や高機能化、ソリューション化によってビジネスモデルを常に進化させていかなければならない環境に置かれていることも、大きいのでしょうね。
井無田:会社のDXの原点と、金沢さんが初めて関わったDXのプロジェクトを教えていただけますか。
金沢:会社としての最初の試みは、1970年代にCTS(Computer Typeset System:自動組版)で組版する試みだったと思います。それまでの活版印刷組版から自動組版への転換でした。活字を作るのは環境への負担も比較的大きく、ストックしてある活字の特殊な配列を覚えるのも属人的で時間がかかる。環境配慮や作業効率の面からも、とても早い時期に自動組版の実現に着手しました。デジタルデータ化できれば保管がしやすく、二次活用・三次活用の可能性が生まれます。そこに目覚めたのが当社は早かった、という自負はあります。
井無田:圧倒的に早いですね(笑)。
金沢:私は、研究所勤務が最初の仕事でした。一番初めにやったのは、印刷の前工程をデジタル化することでした。それまで手作業だった工程を、コンピュータを使って自動化する仕組みを作り、生産現場に導入しました。紙に印刷して納品するというビジネスだけでは、会社はこの先成り立たないだろうという思いは常に頭の中にあって、物理的な帳票から電子的な帳票に変えるパッケージ商品を作りました。DNPで初めてのパッケージサービスの開発と販売でした。
井無田:まさに、新規事業ですね。何歳くらいの時に手がけられたんですか?
金沢:30代前半です。最初からそんなに簡単にうまくいきませんでした。ただ、常に「次は何をやるか」「いつまでも続かないビジネスから何を新しく生み出すか」を問われる環境に置かれていたことが、私に大きな影響を与えましたし、今のマインドを形づくっていると思います。
そうは言っても、新しい事業を作るのは簡単なことではなく、なかなか成果が出ないのは、私もよくわかっています。それでも、どんどん変わる時代の流れを読んで、行動し続けるしかないのです。
井無田:新規ビジネスを成功させることがいかに難しいかは、私も起業前に事業立ち上げで失敗した経験から本当に感じます。DNP全社には、新たなことに挑戦するマインドを浸透させる取り組みがあるのですか。
金沢:当社は、2001年に「P&I(Printing & Information)ソリューション」という事業ビジョンを掲げ、「モノづくり」と「情報」を掛け合わせてクライアントの課題を解決していく取り組みを始めました。その後さらに情報が大切な時代となり、従来の印刷業を超えて、顧客企業の先にある社会や生活者を自ら見据えて、社会課題を解決するイノベーションを生み出していこうと、2015年に「P&Iイノベーション」へと事業ビジョンを更新しました。クライアントの課題解決にとどまらず、社会の課題を解決するイノベーションを私たちが生み出すという考えにシフトしたわけです。
DX推進は、最近になって力を入れ始めた取り組みではなく、社会課題を解決する一手段として、既に「あたりまえ」にある感覚です。