「SAP 2027年問題」の現在地
ERPのクラウド移行への必要性が語られてから久しい。経済産業省が発表した『DXレポート』にて取り上げられた「2025年の崖」は大きな話題となり、同時に「SAP ERP」の標準サポートが終了も、その象徴として挙げられた。当初、SAPは2005年にリリースされたECC(ERP Central Component)6.0に対するサポートを2025年で終了するとしていたが、2027年末まで延長すると発表し「SAP 2027年問題」と呼ばれることになった。
現在、日本には約2,000社とされるSAPユーザー企業が存在している。これら企業は、ECC6.0やその前のバージョンであるECC5.0、SAP R/3などのサポート終了期限までに、後継となるSAP S/4HANAへのバージョンアップ、あるいは他のERPシステムへの移行を迫られている。
「SAP S/4HANA」には、オンプレミス型ERP「S/4HANA」、プライベートクラウド型ERP「S/4HANA Cloud, Private Edition」、そしてパブリッククラウド型ERP「S/4HANA Cloud (Public Edition)」の三つのエディションが用意されている。SAPはこの中で特に、「S/4HANA Cloud」および「S/4HANA Cloud (Public Edition)」への移行を積極的に推進している
SAPが企業の本格的なクラウド移行を支援するために「RISE with SAP」を立ち上げたのは3年前のことだ。「SAP S/4HANA Cloud」や構築基盤の「Business Technology Platform(BTP)」などを統合した包括的なサービスである。SAPにとって、これは従来の個別製品販売モデルから、移行を促進しDXを実現するためのサービスモデルへの本格的転換ともいえる。
「SAP S/4HANA Cloud」の場合、基本的に「Fit to Standard」(標準機能に業務を合わせる)のアプローチを採用している。このアプローチでは、ERPシステムのコア機能はカスタマイズを極力行わず、SAPによって提供される標準機能を最大限活用することが奨励される。
そして今年の10月、SAP S/4HANA Cloudをベースとした「RISE with SAP」の新プログラム「プレミアム・プラス・パッケージ」の提供を開始した。ESGの報告基準への対応や、最近発表された生成AI「Joule(ジュール)」などを利用できるようになるというものだ。
「RISE with SAP」は現在、グローバルで4,500社以上の企業に提供されている。まずはクラウド移行におけるベストプラクティスの提供から始めている。従来のオンプレミスのアーキテクチャに基づいて設計された企業の基幹システム群を一新し、クラウドベースの運用モデルへの変革を目指している。
だが、多くのSAP顧客にとって、オンプレミス環境からクラウドへの移行は単純な作業ではない。ERPの刷新を進めるには、慎重な計画、専用のリソース、ミッションクリティカルな目標を達成するための複雑なソリューションの編成に関する専門知識が必要であり、大規模な投資が伴う。
SAPが提唱するクリーンコアとは何か
「RISE with SAP」の新サービスのローンチに際し来日した「RISE with SAP」のプレジデント、デイヴィッド・ロビンソン(David Robinson)氏は、この課題について以下のようにコメントした。
「現在、RISE with SAPを導入しているグローバルの4,500社では、既存のオンプレミスのSAPを導入している企業がトランスフォーメーションという形で、従来のIT運用モデルの変革を進めつつ、S/4HANA Cloudをベースにしたイノベーションも進行しています。その改革において重要なのはクリーンコアです」
「クリーンコア」とはSAPが近年提唱している戦略で、ERPシステムのコア機能をできるだけカスタマイズせず、SAPが提供する標準機能を最大限に活用するシステムのことを指す。
「クリーンコアは、標準データモデルを活用し、オープンAPIの標準化を図ることで、SAPのERPをクラウド上で最適化するものです。コスト効率の良いERP基盤を基にして、拡張や差別化を構築し、メンテナンスやオペレーションの複雑性を解消します。標準機能により、ビジネス上必要となるアップデートや新機能へ迅速に対応できるのです。これは、非標準の要素を導入せず運用に悪影響を与えないためです。クリーンコアは、稼働開始に限らない運用上の戦略でもあります」とDavid氏は説明する。
クリーンコアによるERPのオペレーションを維持しつつ、常にイノベーションを追求する状態を目指すのが「RISE with SAP」の目的だ。しかし、SAPの初期ユーザーの中には、これらのトランスフォーメーションやイノベーションを進めることに躊躇する企業も少なくないというのが実情だ。
「SAPの初期ユーザーから、期待通りに行かなかったことも含めて多くを学びました。従来のオンプレミスアーキテクチャにおいて、自社のデータセンターで運用しているものであれ、クラウドインフラストラクチャ上であれ、S/4HANAの最新リリースを使用している顧客はわずか12%に過ぎません。これは、大多数が以前のリリースを使用していることを意味しています」とDavid氏は付け加えた。
クラウド移行を検討し、取り組む企業は増加している。しかし、問題は従来のオンプレミスのユーザー企業であると、David氏は言う。
「オンプレミスでシステムを運用している顧客のうち、86%がバージョンアップをほとんど行っていません。彼らは初期導入時のシステムを現在も使用し続けており、最新バージョンを利用しているユーザー企業は全体の12%にとどまります。これは、オンプレミス環境でのバージョンアップには、多大な時間と労力が必要であり、企業にとってその価値が相対的に低いと判断されているからです。よって、クリーンコアを実現し定期的にバージョンアップし続けられるクラウドへの移行を推奨しています」
クラウドへ移行することの利点は、サービス提供を通じてアップグレードと現行リリースレベルの維持を容易にする点にあるが、その価値が伝達できていないのだとDavid氏は指摘する。