タチコマで日本のセキュリティを守りたい
──攻殻機動隊の世界を再現するにあたって、大切にした部分などはありますか?
井上:攻殻機動隊の名前を冠するとなると、並大抵のクオリティでは駄目だと考えていました。やはり世界観もありますし、現実世界とのシナジーがなければ説得力が出せません。攻殻CTFの後、神山監督をはじめProduction I.G関係者の方々にNICTを見学いただく機会があり、皆さんと様々な話をしました。
「タチコマを使ってみんなのセキュリティを守るという環境を日本の中で作ったらおもしろいのではないか」
攻殻機動隊の作中でも、タチコマは公安9課のメンバーの安全を物理的にもサイバー空間でも守るという役割を担っています。ですので、「この現実社会でもタチコマが人々の安全を守るといったことが実現できたなら」という話を、みなさんに伝えました。今考えると、ユーザー集めに苦労していたプロジェクトがWarpDriveに生まれ変わった瞬間でした。
そこから「ブラウザのセンサーをタチコマにしよう!」という方向でプロジェクトのリニューアルが始まりました。これなら、課題であったユーザーへのインセンティブ的な側面も解決できます。攻殻機動隊は日本人にとっても訴求力が高いので、多くのユーザーを惹きつけられる。まさに、願ったり叶ったりでプロジェクトが進んでいきました。
まずはPC版ということで、WindowsとmacOSの両方のChromeブラウザで動く「タチコマ・セキュリティ・エージェント」を開発し、2018年に配布を開始しました。この時は可視化エンジンとして、ユーザーのWeb閲覧履歴や各サイトの内部構造を見える化するところから開始し、2年後の2020年にはスマホ版(Android版のみ)の「タチコマ・モバイル」を発表しました。
初期バージョンのタチコマ・モバイルでは、「タチコマの問い」という簡易的なユーザーアンケートを、毎週設問を変えて実施していました。たとえば「パスワードは定期変更したほうがいいと思いますか?」などアンケートを採った上で、どのような対応を行うのが良いのかを解説する形でユーザーのリテラシー向上を目指しました。
気づけば、NICTがゲーム開発!?
──当初は盛り込まれていなかった「WarpDrive」プロジェクトにゲーム的要素も取り入れるようになったのは、どういった意図があったのですか?
井上:攻殻機動隊の力を借りたことで認知度が高まり、ある程度のユーザー数が集まりました。ただ、タチコマを継続して使ってもらうためには、アプリの魅力向上に向けたさらなる検討が必要でした。
そこで、ゲーミフィケーション的手法を通して、ユーザーの方々により継続して楽しんでもらう方法がないかと検討を重ねているうちに「気づいたらゲームを作っていた」というのが正直なところです(笑)。
2023年10月の大型アップデートで追加したゲーム機能「訓練プログラム」では、セキュリティやITのクイズをアクションゲーム形式でやっていただき、メダルを集めながらセキュリティの意識を高めてもらうという、繰り返し楽しめるコンテンツに仕上がっています。
ただ、開発段階では難題も山積していました。ゲーム機能のテストプレイを私自身もやっているのですが、開発途中でガチプレイしたところ2時間ぐらいであっさり全ステージをクリアしてしまったんです。本機能は本来は半年程度早く発表する予定でしたが、「このままリリースするとKOTYを受賞します」開発者にアナウンスして、半年リリースを延ばしてやり込み要素などを一から練り直しました。
そして、ようやく出来上がったのが昨年10月のCEATECにて展示したタチコマ・モバイルのゲーム機能でした。CEATECに出展した際の想定ユーザーとしては、攻殻機動隊の原作が1989年スタートなので、40代や50代の方々に一番興味をもっていただけるかなと考えていました。
逆に、若い参加者や学生の方々にはなかなか刺さらないのではないかと懸念していたのですが、当日はむしろ学生が多く、特に高校生たちがひっきりなしにWarpDriveの展示を見て、ゲーム機能を実際にプレーしてくれました。
話を聞くと、意外にも攻殻機動隊を知っている高校生が多くて驚きました。もちろん、CEATECに来るくらいの学生さんたちなのでITに興味を持った人が多いのだとは思いますが、攻殻機動隊のファン層の広さを感じました。
現状、ユーザー数も順調に伸びてきており、PC版とモバイル版を合わせると、合計インストール数は2万以上を記録しています。一般的なゲームのダウンロード数としては物足りないかもしれませんが、ユーザー参加型のセキュリティの実証実験としては過去に例がない数です。1日に集まるURL数も数百万URLを優に超え、相当なボリュームのデータが取れている状況にあります。
もちろん、参加いただいているユーザーの情報を集めている以上、情報の収集方法や管理方法に関しては厳格に規定を設けています。
アプリの開発および運用に先立って、事前に弁護士や有識者の方々からお話を伺いながら各種設計を進めました。ユーザーの利用規約には、どういった情報を、どういう目的で、かつ誰が集め、どういった使い方をするのかを、すべて記載しています。またユーザーがアプリをアンインストールする際に、自分のログを消去するための対応窓口を整備したり、そもそもユーザー個人と収集するデータは一切紐付けないなどのプライバシに配慮した設計になっています。
また、ユーザーIDやパスワードの入力を求められるような銀行サイトなど、機微な情報を扱うようなWebサイトからはそもそもデータを取らないように設定しています。