なぜDBaaSがここまで注目されているのか
──クラウドへの移行が加速している中、なぜ「DBaaS」に注目が集まっているのでしょうか。また、本書では「AWS・Azure・Google Cloud・OCI」の4つをメガクラウドベンダーとして取り上げていますが、DBaaSをめぐる市場の現況について教えてください。
小林:データベースは他のシステムコンポーネントと比較しても管理が難しく、クラウド以前から運用負荷の高さが課題となってきました。そのため、クラウド上にアプリケーションを展開したとしても、データベースはオンプレミスのまま使い続けるケースや、クラウドの仮想マシン上にself-hostedと言われる形でユーザー管理のデータベースを展開する例も見られました。
しかし、各クラウドベンダーのサービス品質が向上していく中で、データベースもマネージド、つまりDBaaSでの利用にメリットが生まれるようになりました。大きなメリットの1つは、高い運用負荷をクラウドベンダーにオフロードすることで、ユーザーはアプリケーションの開発にリソースを集中できる点です。データベースでは数年おきにバージョンアップが発生しますが、そうした作業もオンプレミスと比較すれば遥かに容易となります。
そのため、既存システムの移行や新規構築において、DBaaSの利用が選択されることが非常に多くなってきました。なかでも利用率トップのAWSでは、意欲的なサービス開発と長年の運用実績に基づく安定性から、Amazon RDSやAuroraなどのDBaaSを選ぶユーザーが増えています。
それを追いかけるAzureやGoogle Cloudでも、小規模からハイパースケールまで対応できるDBaaSを取り揃え、毎年のカンファレンスで新機能をアピールしています。また、Oracle Databaseを擁するOCIは、他クラウドとの連携に乗り出し、過去に利用に制約を設けていたクラウドでも積極的な姿勢を示すようになりました。
さらに米国では、スタートアップ企業によるデータベースの開発が盛んですが、彼らもクラウドでDBaaSを提供するようになり、その利用実績をアピールしています。ベンダーとしても、従来型のサポート主体ビジネスではなく、ユーザーから直接的に売り上げを得ることができるようになり成長が加速しています。
クラウドベンダーによるDBaaSの拡充と、スタートアップによるNewSQLなどの新しいデータベース開発は、お互いに高めあいながら、市場全体を大きく成長させていると見ることができるでしょう。
誰もがクラウドベンダーを「制約なく選びたい」、しかし現実は……
──DBaaSの利用をはじめ、マルチクラウド環境下での適切なデータベース構築が求められている中、多くのユーザーが抱えている課題とは何でしょうか。
小林:本来は、アプリケーションに最適なデータベースを利用するべきですし、それらがDBaaSという形で提供されているクラウドベンダーを「制約なく選びたい」という願望は、誰もが持っていることでしょう。
しかし実際には、開発者・運用者のスキルレベルや、プロジェクト横断的に統制したいなどの観点から、データベースはおろか、利用できるクラウドもそれほど自由に選択できるわけではありません。
そこで多くの場合、各クラウドでユースケースに対応できるDBaaSを選び、ベストプラクティスとして提示されている構成で運用を始め、社内で標準化を進めます。ですが、それだけでは対応できない要件は現実に生まれてきます。
よくある例として、「先日、クラウドベンダーAで大規模な障害があった。こうした場合、我が社のビジネスは継続できるのか?」と、読者の皆さんは自社の役員から尋ねられることがあるかもしれません。数年前まで、これに対する一般的な回答は、「クラウドベンダーの全面障害時には、我々はビジネスを継続できません。障害時に切り替え可能な構成を別クラウドに準備するのは、技術や運用面、そしてコスト的にもハードルが高く、現実的ではありません」でした。
これまで、ベストプラクティスは1つのクラウドベンダーに閉じた範囲で提供されてきたため、このようにマルチクラウドを想定した、可用性の要件に応えられるベンダーは多くありませんでした。しかし今後は、マネージドなマルチクラウドサービスが提供されることで、技術面や運用面のハードルが大きく下がり、コストも妥当な範囲に収まる場合、上記の質問にも「できます」と答えられる日がやってくると考えています。
既刊の『マルチクラウドネットワークの教科』(翔泳社)で示されているように、クラウド間の相互接続は実現されつつあります。データベースでも新たなサービスが発表された際に、過去・現在の課題を振り返ることで、それがどのように解消されたのかという視点を持つことは重要だと考えます。
これ一冊で複数ベンダーを比較できる、導入の“その先”を思い描ける
──『マルチクラウドデータベースの教科書』は、そうした悩みを抱える読者にとって、どう役に立つとお考えですか。本書ならではの特徴や、工夫されている点、類書との違いなどを教えてください。
小林:本書では、マルチクラウドにデータベースを利用するための前提知識として、4つのパブリッククラウドが提供しているDBaaSについて網羅的に説明しています。
これまでも、クラウドベンダー1社のサービスにフォーカスして紹介している書籍はいくつか出ていましたが、複数のクラウドベンダーを比較する際には、出版時期も異なる多くの本を買い集め、目を通す必要がありました。しかし、本書の3章を見ていただければ、(主にリレーショナルデータベースの観点ではありますが)こうした比較検討を迅速に進められるでしょう。
また、新たなプロジェクトで長年親しんだクラウドと別の製品を利用するというケースも、現実にはよくあります。そうした際には、以前獲得したノウハウを活かしながら、「別のクラウドでは、〇〇に相当するDBaaSはどれなのか?」といった疑問を解消する必要がありますが、これについても本書でカバーしています。
加えて、「新しいDBaaSが解決できる課題を具体的に知りたい」という意欲的な読者の皆さまには、4章以降でマルチクラウドに展開されたデータベースを利用する動機や、技術的な課題、それらが解消された先に見える新たなDBaaSの形についても詳しく解説しています。NewSQLを既に取り入れているユーザーや、今後導入を検討している方々にとっても、この技術が将来的に何を実現するのか考察を深められる内容となっています。
──最後に、皆さんがどういった信念でこの書籍をご執筆されたのかお聞きしてもよろしいですか。
小林:「マルチクラウド」という言葉は広い意味を持っており、著者一同の議論においても、その定義を合わせるところから執筆は始まりました。そのうえで、
- マルチクラウドなデータベースとは、どんな構成を指すのか
- マルチクラウドなデータベースは、利用者にどんな価値を提供するのか
について、章を追って解説することに取り組みました。結論から言えば、現時点でマルチクラウドなデータベースの利用は、「万人に必要」なことではないかもしれません。しかし、それを理解して備えることは、エンジニアとしての視座を一段高めることにつながると信じています。
本書が読者の皆さまのサービスを支えるデータベース選定の一助となれば、これに勝る喜びはありません。
マルチクラウドデータベースの教科書 クラウドロックインを乗り越えるデータベース構築ノウハウ
朝日英彦、小林隆浩、矢野純平 著
出版社:翔泳社
発売日:2024年8月6日
価格:3,740円(税込)
本書について
マルチクラウドにおける、現代的なデータベース構築・設計を解説する書籍です。4大クラウド(AWS, Microsoft Azure, Google Cloud, Olacle Cloud Infrastructure)のDBaaSの解説はもちろん、データベースの観点からマルチクラウドの優位性や課題を紹介します。
本書の特徴
- マルチクラウドジャーニーを徹底解説:データベースという視点から一段登って、システム全体を俯瞰してマルチクラウドを推進する際に必要な点を整理しています
- DBaaSを網羅的に紹介:発行時点でのDBaaSの特徴を保存したスナップショットとして、クラウド選定時やDBaaS選定時に活用いただけます
- マルチクラウドで利用可能なDBaaS、その構成パターンを紹介:現時点で採用可能な構成パターンを本書にまとめました。マルチクラウドデータベースのもたらす価値も丁寧にまとめています