「川上から川下まで」 13の製品設計システムを統合へ
ワコールでは近年全社的なDXを推進している。販売店舗では3D計測サービス「SCANBE(スキャンビー)」やアプリを活用するなど、リアルとオンラインの双方で満足度の高い顧客体験を提供していることが評価され、「DX銘柄 2024」に選定された実績をもつ。「ワコールは、製品づくりからお客様への販売まで、つまり“川上から川下まで”を自社で手がけています。これが、他のメーカー企業や小売企業と大きく異なる点です」とIT本部の堀清隆氏は話す。
SCANBEなどの取り組みは主に川下、つまり販売現場のDXにあたるが、よりよい製品を提供するためには川上にあたるモノづくりのDXも欠かせない。加えて昨今、顧客から素材や機能性など製品の詳細な情報を求められるケースが多くなってきているという。「川上から川下まで、当社内で情報を連携できる仕組みの重要性が高まっていると考えています」とDX推進の背景を説明する。
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モノづくりDXの一環として、同社が2018年から取り組んでいるのが「モノづくり業務改革プロジェクト」だ。従来のモノづくりのプロセスを改めて見直し、製品を企画する際にデザイナーが用いる製品設計システムの刷新に取り組んできた。
同プロジェクトの背景には、ワコールのモノづくりをとりまく状況の変化がある。同社の製品設計システムは1990年代に内製で構築されてから、「WACOAL」「Wing」などのインナーウェアブランドごとに個別のシステムが立ち上がって運用されてきたことで、システム統合前は13もの製品設計システムが存在していた。「これには過去のワコールにおけるブランド戦略が大きく関係している」と話すのは、IT本部で同プロジェクトの推進リーダーを務める上田千絵子氏だ。
「たとえば、百貨店に出すブランドはWACOAL、量販店ならWingといったように、販売チャネルを起点にそれに合ったブランドを確立してきた経緯がありました。百貨店向けブランドには店頭のBA(ビューティーアドバイザー)によるフィッティングを前提とした特徴的な製品を、量販店向けブランドには顧客が自身で選びやすい製品を展開するなど、販売チャネルごとにターゲットとする市場も異なります。各ブランドは社内でもいわばライバルのような関係でしたが、これまではこの運用でも業務は回っている状態でした」(上田氏)
しかし近年ではECサイトでの販売が増え、大きなビジネスへと成長してきた。ECではすべてのブランドを同じサイト上で販売することになるため、従来のやり方では製品情報の管理が煩雑になるという課題が浮き彫りになったという。
加えて、製品企画における業務の煩雑化も問題視された。製品企画の担当者は1年先の製品設計という長期的な業務に加え、生産中の工場からの問い合わせ対応や店頭製品の説明、過去製品に関する顧客からの問い合わせ対応など短期的な業務も同時並行で行わなければならない。工場や顧客への対応から優先的に行うため、結果的に新製品開発のための情報収集や市場調査に十分な時間が取れない状況だった。また業務の性質上、設計文書などのデータの多くは紙で管理されており、必要な情報の検索や共有にも必要以上に時間を要していたという。
このような状況を踏まえ、同社はモノづくりの在り方を根本から見直すべく、モノづくり業務改革プロジェクトを始動。業務の在り方やプロセスの見直しを図ったうえで、同じアイテムに関してはブランドを問わず統一された手順で作業ができるよう、これまで個別に運用されてきた13の製品設計システムを統合することとなった。
まずは全ブランドにおいて業務プロセスを見直すところから始めたと上田氏。「業務手順や製品設計のルール、設計に関わる用語の統一などを進めていきました」と話す。加えて、ブランドを横断する形でプロジェクト体制を組み、“ブランド最適”ではなく“全社最適”の視点で議論ができる体制を整えた。