デジタル給与払いを政府が進めるワケ
デジタル給与払いを巡る議論は、外国人労働者への賃金支払いを円滑にする手段の一つとして2017年ごろから始まった。長内氏は「外国人労働者は法律の規制によってすぐに銀行口座を作れない場合があります。そこで、ペイロールカードによる給与の支払いを検討し始めたのが議論の発端です」と説明する。米国では既にペイロールカードが普及しており、日本でもこれを参考に規制緩和が進められた。
加えて、現在ではキャッシュレス決済の普及を促進していく狙いもある。政府は2025年6月までにキャッシュレス決済比率を4割にする目標を掲げており、デジタル給与払いがそれを後押しすると考えられている。長内氏は「私の予測では、既に現時点でキャッシュレス決済比率は4割を達成していると考えていますが、政府はそれよりさらに高い水準を目指す姿勢を示しています。デジタル給与払いが普及すれば、キャッシュレス決済サービスを使う人も増えてきて、政府のより高い目標に近づいていくでしょう」と話す。
従来の制度を振り返ると、給与支払いの原則は現金払いだが、特例として銀行口座振込と証券総合口座への振込が認められてきた。そして、デジタル給与払いは「資金移動業者」の口座への支払いを新たに可能にするものだ。長内氏は「デジタル給与払いは必ずしも支払い方法自体がデジタルに変わることを意味するものではありません。企業が社員の給与を銀行ではなく資金移動業者の口座に振り込む点が、従来との主な違いです」と話す。

まだ日本に普及しているとはいえないデジタル給与払いだが、実は企業・従業員双方にメリットがあると長内氏。「まず企業は、給与振込手数料の削減が期待できます。資金移動業者に代表されるフィンテック企業の手数料は、銀行と比べて低い傾向にあるからです。たとえばPayPayの場合、PayPay銀行の法人口座から従業員のPayPay口座への振込手数料は今のところ無料です」と説明する。
従業員側のメリットとしては、給与の受け取り方が柔軟になる点が挙げられる。「働いた日に賃金を受け取ることも可能になります。特にスポットワーカーのような働き方をする人にとっては大きなメリットになるでしょう」と話す。さらに、現金からデジタルマネーに変換する手間が省けることも利点の一つだ。
こうしたメリットは、既に個人事業主やフリーランス向けのサービスで実証されている。長内氏は「労働基準法の対象外となる方々には、デジタル給与払いと同じようなものがもう始まっています」と話す。労働基準法は、基本的に雇用契約に基づく労働者への給与に適用される。一方、フリーランスや個人事業主は業務委託契約となるため、その対象外となり、銀行口座を介さずにデジタルマネーやウォレットサービスで直接報酬を受け取ることができる。デジタル決済サービスの送金機能を活用した報酬支払い、クラウドソーシングサービスを経由した報酬受け取りなどがその例だ。
これらのサービスでは、働いた日のうちに報酬を受け取れるなど、柔軟な支払いが可能だ。こうした先行事例が今後のデジタル給与払いの普及を後押しするかもしれない。