普及のカギを握るのは“利得性”か
様々な課題からデジタル給与払いの普及にはまだ時間を要することが予測される。長内氏は「キャッシュレス決済サービスの普及に約10年かかったことを考えると、デジタル給与払いも同程度の時間軸で考える必要があるでしょう」と推測する。
資金移動業者にとっては、ネット銀行との競争も新たな課題になっていると指摘。近年、ネット銀行と事業会社の提携が増えており、たとえばJR東日本の銀行は楽天銀行と提携し、給与振込口座に設定するとポイントが付与されるサービスを開始している。また、日本銀行の利上げにともない預金金利が上昇しており、「金利がある世界」では金利の付かない資金移動業者の口座に逆風が吹く。金銭的メリットを考えると、現時点ではこうしたネット銀行のサービスの方が魅力的に見えるかもしれない。
日本でデジタル給与払いを行う最初の資金移動業者に認定されたPayPayは、実はデジタル給与払いを行うことで、金融グループのネット銀行のシェア拡大を狙う意図があると長内氏は分析する。「PayPay金融グループの課題は、クレジットカードやネット銀行分野での後発性です。PayPayにとって、デジタル給与払いの導入はPayPay銀行の口座獲得を促進する手段になり得ます。支払い用の銀行口座の紐付けが必要なため、自然とPayPay銀行の口座開設につながり、この弱点を補完する戦略の1つといえるでしょう」と話す。こうした資金移動業者側の戦略次第では、デジタル給与の普及も加速するかもしれない。
このような動きを踏まえ長内氏は、日本でデジタル給与払いの普及を加速させる一つの施策に、ポイント制度の活用などといった「付加価値の提供」を挙げる。「普及率を上げるためには、何らかの形でポイントのような“お得な制度”を用意することが有効でしょう。私はこれを『利得性』と呼んでいますが、金銭的なメリットがあるかどうかが普及のカギになると思います。付加価値をうまく打ち出すことで、普及のスピードは変わってくるかもしれません」と今後の市場を予測した。
