1960年を1とした時、売上高の成長ペースは1991年をピークに今日まで横ばいで推移している。注目すべきは利益から分配される株主還元額の伸びだ。売上成長が鈍化すると、利益も大きくは伸びない。この状況で配当金を増やそうとすると、設備投資、従業員給与、役員報酬を犠牲にせざるを得ない。「失われた30年」に陥った苦境から脱する方法は、利益ではなく付加価値に着目し、その分配方針を見直すことだ。国内企業の付加価値の総和はGDPに相当する。個々の企業が付加価値を増やし、その付加価値の適正分配を目指すのがDS経営(付加価値の適正分配経営; DSとはDistribution Statement、分配計算書の略称)である。
付加価値=役員報酬+従業員給与+税・法定福利費+株主配当+利益剰余金

ANAホールディングスとDS経営

中堀:航空会社の経営へのコロナ禍の影響は非常に大きく、「インプットを減らし、アウトプットを最大化する」経営で危機を乗り越えようとコストカットに取り組んできました。しかし、回復基調に入り、今後の成長に向けて「適正なインプットで、アウトプットを最大化する」経営のシフトが求められています。お金を使いにくい雰囲気を変えたい。その思いから、社長(芝田浩二氏)は「人材には惜しみなく投資をする」と、全社に明言しました。スズキトモ先生の提唱するDS経営に近しいことに取り組んでいます。今はまだ、人的資本への投資が企業価値向上にどう関係するか、投資家や従業員に定量的に説明できるようにしたいと考えています。
私たちがステークホルダーに示している付加価値の定義は、「営業利益に人件費を足し戻したもの」で、2025年度までに「1人あたりの付加価値」をコロナ前対比で15%向上させることを目標に取り組んでいます。人的資本への投資をしながら、1人当たりの付加価値を増やさなければならない。経理財務として、経済的価値ではないところにも目配りしながら、リソースを分配しなければならない。悩みながらやっているところです。
スズキ:航空会社のようなインフラ企業の経営は非常に難しい。株式会社を経営している以上、株主還元が必要になる一方で、日本のためにインフラを整備し、その質も維持しないといけない。相反するステークホルダーとの利害調整が求められる中、上手にバランスを取っています。ANAグループではステークホルダーの順番をどう考えていますか。
中堀:2023年2月に新経営ビジョン「ワクワクで満たされる世界を」を発表しました。その副題は「私たちは、空からはじまる多様なつながりを創り、社員・お客様・社会の可能性を広げていきます。」となっていて、社員がお客様よりも先になりました。社員のパフォーマンスを最大化する環境を整えることが、お客様や株主を含めた社会に提供する価値の最大化につながると考えたためです。一部から異論も出ましたが、最後は「ANAグループらしくていいね」と取締役全員の賛同を得て決まりました。