量子AIなどに注目集まるも「ガバナンスなき実装は必ず失敗する」──SASの最高データ倫理責任者が提言
ガバナンス整備はテクノロジーではなく組織の変革。地に足つけたアプローチを
AI規制のグローバル標準は実現するか? 技術面では「エージェント間通信」がカギに
次にEnterpriseZineから、「AI倫理に関するルールメイキングの展望」について尋ねた。AIの規制は、各国が独自の施策を打っているのが現状だ。その国・地域に根付く文化や倫理観、産業構造、政治情勢などによって規制の方向性は異なる。
タウンゼンド氏は、そうした事情を踏まえたうえでのルールの国際標準化について、完全な標準化は難しいという現実的な見通しを示しつつも、「ある種のグローバルスタンダードが出現することを期待している」と述べた。
国際的な働きかけとしては、OECDや世界経済フォーラムなどの超国家組織が各国政府にアドバイスを提供しており、その甲斐あってかEU、韓国、日本、豪州などでは一定の共通性が見られるという。米国は独自路線を継続しているものの、政治信条や価値観など、国際協力を可能にする十分な共通性は持っているというのがタウンゼンド氏の見立てだ。
「今の世界、ほぼすべての国に電力網やインターネットがあり、私たちはどこへ行ってもPCを使って仕事ができますよね。もちろん、政府によって一部のインターネット機能が制限されている国もありますが。AI周りもおそらく同様の環境になっていくのではと思います。大枠のスタンダードがあり、細かい機能や使用用途については国ごとに少しずつ事情が異なるといった具合にです」(タウンゼンド氏)
技術面の標準化においては、「エージェント間通信(A2A)」がカギになるという。現在、AnthropicやGoogleなどがMCP(Model Context Protocol:生成AIと他のシステムを双方向接続するためのオープン標準)の標準化に取り組んでおり、「業界が事実上の標準を策定することで、ある意味で政府規制の必要性を回避できるのでは」と同氏は予想する。
生成AIのガバナンスにおける潮流では、製品に内蔵する機能ではRAG技術などでガードレールを設置し、外部システムの利用では企業の選択と責任に委ねるアプローチが説明された。OpenAIなどのサービスを外部の者が直接管理することはできないが、そのAIサービスが出力した結果はユーザー自身で管理できる。ただ、こうしたシステムの監査可能性については業界ごとに異なる要求があるという。
また、タウンゼンド氏は深刻な問題として社会全体のAIリテラシー不足を挙げ、「10人中4人程度しかAIを信頼していないのが現状だ。ほとんどの人は、AIに不安を抱いている」と述べた。企業側は、従業員のAIリテラシーを高めるとともに、消費者のAIに対する信頼も考慮していかなければならない。
量子AIに注目集まるも「まずは基礎的な課題に集中すべき」
話題は、昨今注目が集まっている量子AIにも及んだ。その責任ある導入について、タウンゼンド氏は慎重なアプローチの必要性を強調。「AIと量子AIには、データの統合と集中に向かう自然な衝動がある」と現状を分析する一方で、「私のアドバイスは、一時停止することだ」と提言を行った。
SASが考案したAI実装のフレームワークでは、監視・運用・統制・文化の4つの柱で組織の準備状況を検証してから、技術実装に進むアプローチが採用されている。量子AIは従来のAIよりも遥かに膨大なタスクを迅速にこなせるが、良くない分析や洞察、行動を超スピードで展開してしまうのは非常に危ない。「生産性や効率性を急ぐあまり、潜在的な結果を十分に考慮せず展開するリスクは最も避けるべきことだ」とタウンゼンド氏は述べた。
冷静に考えれば、量子AIの能力を活用する必要に迫られている組織はとても少なく、既存のAIでさえ十分に理解されていないのが現状だ。目先の解決すべき課題が山積している。地に足をつけて、まずはデータを正しく取得する環境を整えることが第一だろう。基礎のステップなくして最先端のテクノロジーに飛びつくのはあまりにもリスキーだ。
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森 英信(モリ ヒデノブ)
就職情報誌やMac雑誌の編集業務、モバイルコンテンツ制作会社勤務を経て、2005年に編集プロダクション業務とWebシステム開発事業を展開する会社・アンジーを創業した。編集プロダクション業務では、日本語と英語でのテック関連事例や海外スタートアップのインタビュー、イベントレポートなどの企画・取材・執筆・...
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名須川 楓太(編集部)(ナスカワ フウタ)
サイバーセキュリティ、AI、データ関連技術やルールメイキング動向のほか、それらを活用した業務・ビジネスモデル変革に携わる方に向けた情報を発信します。
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