攻めと守りを両立させたIT投資の最適化術──CIOを悩ます「部門の分断」問題を解決する一手とは
部門を跨いだ“共通言語”の役割を果たす「TBM」とは何か?

EnterpriseZine編集部は、「ITインフラを高度化へ」をテーマに掲げたイベント「EnterpriseZineDay 2025 Summer」を開催した。同イベントには、日本アイ・ビー・エム Apptio事業部の田中友樹氏が「モダナイゼーションの鍵は投資にあり──ITインフラの刷新を成功に導く投資最適化とは」と題するセッションに登壇。現代企業が直面するIT投資の課題を指摘し、その解決策として「TBM(Technology Business Management)」の実践方法を解説した。レガシーシステムの刷新やクラウド活用が進むものの、IT投資がビジネス価値に結びついていない現状に対し、TBMを用いた投資最適化の道筋や実践ツール、IBM自身の活用事例などを紹介。IT部門が“攻め”と“守り”の両面から変革を遂げるためのヒントを示した。
価値あるDX推進のためには、「攻め」の投資を4割に
「2025年の崖」が目前まで迫った今、企業におけるモダナイゼーションはどの程度進んでいるのだろうか。日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の調査によると、企業の約50%は既にモダナイゼーションを実施しており、うち3分の1がDX関連の施策を進めているようだ。また、DX推進に向けた投資計画を策定した・策定中の企業も60%にのぼる。
これらの結果を見る限り、多くの企業がDXとモダナイゼーションに積極的な投資を行っているように思えるが、その内情には課題もあるという。「DX推進における効果の測定および評価」に焦点を当ててみると、50%ほどの企業が効果測定や評価を行っていると回答している一方、その詳細を見てみると、戦略的なIT投資に対する事前・事後評価を実際に行っている企業は30%前後で、約40%の企業は事前・事後評価などをまったく実施していない。
こうした現状を踏まえ、日本アイ・ビー・エム(以下、日本IBM)の田中友樹氏は「DX投資の効果を可視化し、ビジネスに沿った最適化のアクションを取ることが重要だ」と語る。では、どうすればDX投資の可視化と最適化を推し進めることができるのか。

従来型の企業とデジタル型企業の特性を比較しながら考えてみよう。従来型企業では「Run the Business(RTB:既存業務維持のための投資)」と「Change the Business(CTB:ビジネス変革のための投資)」の比率が8対2ほどの“維持中心”な投資になりがちだ。そこから、デジタル型企業となるためには、CTBへの投資を加速させて、RTB対CTBの比率を6対4程度にすべきだと同氏は指摘する。これは既存の「守り」のIT投資を最適化し、「攻め」のビジネス変革への投資にシフトすることを意味する。
また、従来型企業が建物や設備といった有形資産から価値を生み出すことに対し、デジタル型企業はデータやAI、企業ブランド、製品ブランドといった無形資産から価値を創出している。デジタル化を推進するうえでは、クラウドへの支出を増やすこと、ベンダーへの“丸投げ体制”から内製化にシフトすることも忘れてはいけない。
なかなか成果が出ないIT投資の最適化……有効な一手は何か
しかし、実際にIT投資を最適化しようにも、なかなか思ったように進まない企業も多いことだろう。その背景として田中氏は、「IT部門、財務部門、ビジネス部門間の分断と、経営層からのIT部門への不満がある」と説明する。Gartnerのレポートによれば、多くの企業のCEOがAIやDXに重点を置いている一方で、CIOは「ITがどのようにビジネスに寄与しているか」を示すことに課題を感じているという。また、ITコストとビジネス価値のバランスを取るためのITファイナンス管理、すなわち「テクノロジー投資の財務的価値」の証明に課題感を持つCIOも少なくない。
日本企業が抱える課題に焦点を当ててみると、CEOがIT部門に抱く不満の上位には、「デジタル活用の提案がない」「ITのビジネスへの価値貢献がわからない」といった声があげられている。
IT投資管理については、ほかにも「どのようなテクノロジー投資から最大のリターンが得られるのか」といった新規投資に関する悩み、「全社共通基盤のITコストが増え続けており、新規投資に回せない」といった既存経費の圧迫の問題などがあるだろう。
さらに、「自部門でもより素早く最新テクノロジーを導入し、ビジネスを効率化したい」という現場からのポジティブな意欲も耳にする一方、それを容認しすぎると各部門が勝手にシステム導入を進めてしまい、ガバナンスにかかわるリスクも生じてしまう。
「こういったIT投資に関わる関係者間の“疑問と分断”を打破する一手として、TBM(Technology Business Management)の導入があげられる」と田中氏。TBMとは、すべての組織がテクノロジー投資やコスト、リソースを適切に管理し、ビジネス価値最大化するための方法論を指す。言い換えれば、“自社独自のビジネス価値を見出すための戦略的なテクノロジー投資”である。
なお、TBMはApptioの創業者であるSunny Gupta(サニー・グプタ)氏が提唱したものだ。同氏が「多額のITコストの妥当性を経営層に説明できない」という課題を耳にしたことをきっかけに、企業のCIOやCFO、McKinsey、Deloitteといった大手コンサルティング会社と協力しながら、今のTBMという方法論が練り上げられていった。
また、TBM実践の推進にあたっては「TBM Council」という非営利団体組織が重要な役割を担っている。団体規模は巨大で、2024年時点で世界100ヵ国以上から4,000の組織、1万8000人を超えるメンバーが参加。ボードメンバーには、各分野の大企業のCIOやCFOが名を連ねているという。国内でも、2025年5月に「TBM Council Japan」のラウンドテーブルが開催され、IT投資管理やビジネス戦略とのアラインメントについて、業界を問わず多くのリーダーが議論を深めあった。
「前述したように、『経営層にIT投資の財務的価値をうまく言葉で説明できない』といった課題を抱えているCIOの方は多くいらっしゃいます。TBMは、『意思決定を行うための共通言語』の役割を果たし、テクノロジー投資をビジネス価値向上につなげるための懸け橋になりうるのです」(田中氏)
ITインフラ刷新でTBMを実践する際に、押さえるべき2ステップ
ここからはITインフラのモダナイゼーションに焦点を絞り、IT投資を最適化するための方法を考えていこう。先述したTBMの考え方と、クラウドファイナンス管理のベストプラクティスである「FinOps」を踏襲しながら具体的な実践方法を捉えたときには、2つのステップを踏まなければいけないという。
1つ目のステップは、テクノロジーコストの透明性と可視化の実現だ。これは、企業におけるクラウド支出の詳細を明らかにすることで、財務部門、IT部門、ビジネス部門それぞれの視点からコストを可視化し、共有された状態を作り出すことを意味する。
田中氏は「クラウドコストの総額を部門やアプリケーション、サービス、プロジェクトに配賦し、可視化することが最初にとるべきアクションとなる」と説明。これにより利用部門へのチャージバックやショーバック(コストの明示)が可能となる。
また、可視化の精度を高めるには「タグ」の活用が重要だ。アカウントとタグを併用し、各部門やプロジェクトに割り振ることで、詳細なコストを把握できる。このタグ付けを推進する際には、ポリシーやKPIを設定し、実際にタグ付けを行うエンジニアにインセンティブを与えることも考慮すべきだ。
さらに予算策定では、単に前年度予算を踏襲するだけではなく、コスト削減目標やユニットエコノミクス(ビジネス指標)に連動して設定することが望ましいという。たとえば、「売り上げが何%上がったため、クラウドの予算も何%アップさせる」といったようにビジネス指標と連動させることで、より戦略的な予算管理が可能となる。
2つ目のステップは、最適化のアクションだ。具体的には、以下3つのアクションが求められる。
IT予算と統制(予実差解消、予測管理)
予算修正や過去の支出状況からクラウドコストの予測を行う。具体的には、従量課金制のクラウドに対応した予算修正や、支出状況からリアルタイムで予測値を把握する必要がある。
コスト最適化(ムダの排除)
余剰や過剰リソースのライトサイジング(適切な規模への調整)を行い、クラウドサービスの単価を下げる購買方法を採用する。クラウドコストの最適化には利用量(Volume)と料金体系(Rate)を意識する必要がある。
利用量の最適化においては、サイジングの見直しや不要な仮想マシン(VM:Virtual Machine)の停止などを進めることが重要。これはインフラのパフォーマンスに影響しうるため、アプリケーションオーナーやインフラ担当者が判断・実行する「分散型アプローチ」が推奨される。一方で、長期間の利用を予約するリザーブドインスタンス(RI)や、大量購入によって金額を安く留めるボリュームディスカウントなどの料金交渉や契約見直しには、「集中型アプローチ」が最適だ。
利用部門との関係性改善(協力関係の構築)
クラウドコストをビジネス価値と紐づけ、利用者に対して明細情報を開示または請求する。田中氏は「このアクションが最も重要だ」と述べる。IT投資がビジネスにどのように貢献しているかを明確にできるためだ。
横河電機が38%の支出削減を実現、TBM実践で得られる効果
クラウドサービスにおけるTBMの実践とFinOpsの推進を支援するツールとして、IBMは「IBM Cloudability」(以下、Cloudability)を提供。Cloudabilityは、2023年のクラウドファイナンス管理ツールカテゴリーにおけるGartnerの「Magic Quadrant(マジック・クアドラント)」でリーダーに位置づけられており、モダナイゼーション後に拡大傾向にあるクラウドコスト管理に最適なツールとして評価された。
ツール内には、コストの可視化や予算の予測、KPIの管理などを行えるダッシュボード機能も用意されている。1つのプラットフォームで予算の策定から従量課金に対応した予測の修正まで、支出情報から予測値を随時提示することで、意思決定を支援するという。
たとえば、“効率的に投資できる”状態を作りだすためのダッシュボード機能を備えている。AIによる分析を基にして、利用率を最大化するためのリコメンデーションや、リコメンデーションされたものの自動購入、利用部門ごとの投資対効果の可視化なども行えるとのことだ。
なお、講演ではCloudabilityの導入事例が2つ紹介された。まずは、IBMが導入した事例だ。IBMは2023年にApptioを買収したが、それ以前からApptioのビッグユーザーでもあった。かつては「既存レガシーシステムのコスト構造が不透明」「ハイブリッドクラウドのコストが急増」といったIT投資に関する課題を多く抱えていたが、Cloudabilityによってテクノロジー投資の可視化・最適化を実現。クラウドコストの20〜30%削減、既存運用費から戦略投資へ1億1500万円のシフトを実現するなど、さまざまな成果を創出している。現在も、継続的にDX投資の最適化を行っているという。
もうひとつの事例は、横河電機での導入事例だ。同社ではDX投資から効果的にビジネス価値を生み出すためFinOpsを導入し、それを推進するためのツールとしてCloudabilityを採用。その結果、導入から1年後にはクラウドコストの支出を約38%削減している。
「テクノロジーによる破壊的なビジネス変革が起こる今、デジタル投資の価値を最大化する必要性はどんどん高まっている」と田中氏。それを実現する方法論が、TBMだ。TBMの実践を通じて、ビジネス部門、IT部門、財務部門がつながり、企業はより競争優位性に寄与するテクノロジー投資を実現できるようになる。
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提供:日本アイ・ビー・エム株式会社
【AD】本記事の内容は記事掲載開始時点のものです 企画・制作 株式会社翔泳社
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