進化するインテリジェンスとその先にある本質とは
インテリジェンスとは何か。CIAの前身である米特務機関「戦略情報部」(OSS)で活躍し、後に米国で情報分析の父と謳われたシャーマン・ケントが、その著書の中で「インテリジェンスとは知識である、そして組織であり、活動でもある」と述べているように幅広い意味を持つ。そこで今回の講演では、特に知識としての側面に限定して説明する。
「知識としてのインテリジェンス」を考える時、「料理本」に例えるとわかりやすい。インテリジェンスを辞書で引くと、「インテリジェンスはインフォメーションから生産され、生産工程はインフォメーションの収集、分析からなる」と定義される。これを料理になぞらえると、材料であり手順となる。材料であるインフォメーションは、画像音声文書などあらゆる形態で「現実を切り取った」データや知識である。評価も精製もされず、まだ素材でしかない「インフォメーション」を集めて一定の手順に基づき「分析」する。しかし、まだそれでは「料理」ではなく「インテリジェンス」とはいえない。そこに重要な「味」がないからだ。
では、インテリジェンスにおける「味」とは何か。北岡氏は「ワーキングコンセプト」が該当すると語る。企業にとってのインテリジェンスは、マネジメントの判断や行動の前提となる重要なものだ。しかし、判断・行動のために必要な指針がなければ、どんなに信頼のおけるデータを優れた手法で分析しても、ある事柄について知らせる「インフォメーション」に過ぎず、判断し行動するための「インテリジェンス」になり得ない。日本語の「情報」は「インフォメーション」と「インテリジェンス」の両方の意味を含んでおり、そのために日本人の情報観を混乱させる原因になっているという。
こうした「インテリジェンス」について、人々は長年にわたって研究を続けてきた。北岡氏がかつて学んだCIアカデミーでも、戦略的な意思決定に基づいて、様々な情報を収集して分析する組織的な一連のプロセスをCI(Competitive Intelligence)と定義し、「企業の判断・行動のために必要な知識」として研究が進められている。
なぜ、ここまでインテリジェンスやその手法としてのCIの研究が進められ、注目されているのか。それは「利益を出す」という目的のためだ。目的を設定してはじめてCIの価値と意味がある。つまり、インテリジェンスは「利益を実現するための知識」と言い換えることができるだろう。「真実を知ること」や「誰かを助けること」は、利益を得るための手法かもしれないが最終目的ではない。それだけに、インテリジェンスの世界は熾烈を極める。インテリジェンスに強い国家、企業、個人は、自分にとっての利益や損失についてよく理解しており敏感だ。利益や損失を理解しなければ創りだせない。そこにインテリジェンスの本質がある。
インフォメーションから「インテリジェンス」を創り出す方法
たとえば、北岡氏がスクリーンに映し出した、山岳地帯の風景を写した1枚の写真。それを見た人が得られる「インフォメーション」は、赤い岩肌やまだ残る雪、小さく中央に写るハイカーなどに限られる。しかし、それらのインフォメーションを分析をすれば、写した季節や時間帯など新しい情報が得られる。しかし、それだけでは「インテリジェンス」は生まれてこない。どのような判断、行動をすることで利益を実現しようとしているのか。それによって、創造されるインテリジェンスは変わってくるというわけだ。
たとえば、自分が犯罪捜査のエキスパートであり、犯人の特定と逮捕を目的としていると仮定する。写真が殺された女性の遺留品だとすれば、重要な「インフォメーション」源だ。たとえば、写っているハイカーが本人で犯人が写したとして、両者が十分に離れるほど時間をかけて撮影したことを考慮すると両者が親しい関係にあったこと推察される。また、写真に光学的補正がなされていることから、撮影者は写真やコンピュータに詳しい人物であると想定できる。こうしたことが「インテリジェンス」なのである。
一見、簡単なことのように見えるが、ビジネスの場面で実行することは案外難しい。現状を詳しく説明しようとして、結果インフォメーションしか伝えていないことが多々あるという。そのため必要なインテリジェンスが引き出せず、十分なインフォメーションがあったにも関わらず、的確な判断ができない。
たとえば、ライバル会社が安価な製品開発をはじめており、自社は高品質商品に注力しているという情報がある。それだけではインテリジェンスとはいえない。しかし、かつて親会社が高額な伝統的な商品に固執して失敗した歴史があり、その二の舞となることを避けたいと考えて行動した時に「インテリジェンス」となる。低コスト企業を警戒して情報を得ようと動き、情報が得られたら、提携や競争などの可能性を検討し、その決断の根拠を論理的に分析し、説明できる。それがCIというわけだ。
しかし、どんなCI担当者でも「これはインテリジェンスか?」と迷うことがある。かつて北岡氏も疑問を感じ、その見分け方を上司に訪ねたことがあるという。その時の答えは「AHA!」という気づきがあるかどうかだった。詳細なデータを積み重ね、現実を事細かに調査しても、「AHA!」がないものは単なる「インフォメーション」に過ぎない。北岡氏は「世の中には、インフォメーションに留まる『インテリジェンスレポート』が氾濫している。忙しいマネジャーの時間を無駄にするだけだ」と苦言を呈する。
理想的なインテリジェンスサイクルと問題点
しかし、CI担当者がそうした対応しかできない理由は、マネジャーにある可能性も高い。マネジャーが目的を明らかにしていなければ、CI担当者は現状報告を繰り返すだけだろう。
インテリジェンスが創造され、活用される理想的な環境は、マネジャーと情報担当(CI)との間にサイクルが構築されることだ。つまり、マネジャーが利害を予測し、CIに情報を求め、調査した結果を踏まえてインテリジェンスとしてマネジャーに配布する。それをもとに判断や行動を行ない、再び効果と利害の予測を行なっていく。
しかし、このサイクルを構築し、保持することは決して容易ではない。たとえばバービー人形のマテル社のような歴史ある大企業でも、過去の価値観にとらわれてインテリジェンスを活用することができず、MGAの後塵を拝したことがある。またビジネスだけでなく国家レベルでも、外相から情報がもたらされていたにも関わらず、当初の戦略に固執して的確な対応ができないなどの失敗例は数多く見られるという。
こうした例に共通してみられる問題点の1つは、マネジメント側にある。フォーチュン誌での調査では、CIが産業の構造的変化の可能性を見つけた時、16.2%が危機が現実のものとなるまで動かない「ブラックホール型」、38.5%がゆっくりと行動するため手遅れになる「カタツムリ型」であり、すばやく行動すると答えたのは17.5%に過ぎなかった。
そうした数少ない企業のトップマネジメントが重視しているのは「異なる意見にも耳を傾ける」こと。そして、CI担当者が必要とあらば、トップマネジメントと異なる意見を述べられることだという。かつて北岡氏はシェルのトップマネジャーにインテリジェンスサイクルの成功の秘訣を聞いた際には「企業風土」と即座に答えが返ってきたという。
インテリジェンスの歴史と「未来予想」の限界
これまでのインテリジェンスは敵やライバルを知り、「未来を予想する」ことが大きな命題だった。技術の進歩が加速し、世の中が急速度で変化する中で「進歩」や「発展」を議論し、未来を予測することが利益を生み出すものとして大きな関心を締めるようになったからである。しかし、1893年のシカゴ万博で全米の専門家が100年後を予測したが、その半分以上がはずれてしまった。その後も予測に反して好況不況が到来し、未来予想を疑問視する声が高まった。
そうした最中、1962年にハーマン・カーンによる1冊の本が出版される。冷戦期に起こりうる様々なシナリオを分析し、未来を予測するのではなく「備える」ことを推奨するというもので、インテリジェンスの新しい流れのきっかけとなった。
もともとインテリジェンスの誕生は、孫子をはじめ、フレデリック大王やナポレオンに見られるように「相手を知る」ことから始まっている。米国の冷戦時も同様だったが、変化の激しい時代において「相手」を設定できなくなっている。ビジネスも同様である。こうした現象を北岡氏は「卵と鶏」になぞらえて「相手を知らないと情報要求できない。要求できなければ相手を知るためのインテリジェンスを提供できないジレンマに陥っている」と説明する。
事実90年代以降に、ビジネスの世界でも「思わぬ相手」の登場で驚かされるケースが増加してきた。CIアカデミーの調査でも92%が「過去5年間に自社の長期的な市場価値に影響を与えかねない少なくとも1つの重大な出来事によって驚いた」と報告している。たとえば、誰がこれほどまで急速にデジタルカメラが普及し、ポラロイドが破産することを予測できただろう。それほどまでに変化スピードが高まっているのである。
2つの発想転換による最先端の「インテリジェンス」手法とは
そうした変化の激しい時代を受けて、インテリジェンスサイクルに2つの発想転換による新しい流れが到来している。
1つは「自分を知ること」の重要が認識されつつあることだ。そのためには3段階のアプローチが必要となる。第一は業界を知ることであり、北岡氏は既存の競合、供給業者、新規参入、顧客、代替品の5つのポイントからアプローチする「5Forces分析」の有用性を語り、政府の介入など環境要素を加え、「業界エコシステム」として捉えるのが考えるコツだと述べた。例としてオーストラリアの航空業界、DELL、ウォルマート、米国の洗剤業界などの分析があげられた。
第二は、競合や競争環境を把握し、自社をグループマッピングという形で位置づけることだ。これはブランド戦略を考える時にも有効だという。
そして、第三には自社を徹底的に分析して、脆弱性や強みを抽出することである。まず自社の戦略のルーツを知り、それに基づく目指す目標と相対するマトリックスを作成し、対する企業と4Cornersで比較することで自社の強みや個性を知る。加えて未来に弱点となりかねない「自社の盲点」を見つけ出すことも重要である。これにはミドルマネジャーとCI担当の見方の不一致などがヒントになることが多いという。
そして、新しい流れの2つ目は、「シナリオを複数作成して“未来に備える”こと」である。自社を理解した上で、その上で利害に影響する複数の未来に関するシナリオを用意しておく。その際の第一のポイントはインパクト・マトリックスの活用である。影響の度合いと確実性を軸にして、マッピングし、影響が大きいと思われるシナリオから優先順位を意識して対応を図っていくというわけだ。つまり、確実で影響が大きいならばそこが最優先。しかし不確実ではあるけれど影響が大きいものこそ備えるべきだという。
また第二のポイントは、とにかくシナリオ分析をするために確度の高いインフォメーションを多数集めることである。また、既に表出している出来事から、その下に隠れているトレンドや業界の構造を推測していくことも重要なテクニックだという。
そして第三のポイントは、ドライビングフォースを明らかにすることだ。既定要素に加え、何が業界や自社を動かしていく動力になるか。たとえば、シェル社は「石油需要が伸びること」などを既定要素とし、「アラブ諸国の感情的な高まり」をドライビングフォースとしたシナリオ分析を行ない、それに備えた対応を行なった。73年にそれが現実のものとなったときに一躍業績を伸ばし大躍進を遂げたのである。
北岡氏はこうした様々な例を踏まえつつ、ビジネスインテリジェンスの意味と価値について改めて語り、「情報が氾濫し、予測不能なことが次々と起きる現代においては、自己分析によって軸足を固めて情報を取捨選択し、その上で不測の事態に備えたシナリオ分析を十分に行なうことが重要」とまとめた。