なぜソニー銀行は勘定系システムのフルクラウド化を実現できたか? 成功の鍵を握る「技術負債を作らない」アプローチと、システム企画の舞台裏
ソニー銀行 執行役員(システム企画部担当) 福嶋達也氏インタビュー
国内金融機関で先駆的な取り組みを見せるソニー銀行が、2025年5月に勘定系システムのフルクラウド移行を完了した。メインフレーム中心の他行とは一線を画し、2013年から段階的に進めてきた同行のクラウドジャーニーは、単なるリフトアンドシフトではなく、アーキテクチャーの抜本的見直しを伴う完全移行である。今回は「クラウドネイティブ設計」「モジュラーモノリス」「アプリケーション資産40%圧縮」などの技術的革新と、ビジネスアジリティ向上への道筋を詳しく解説する。
コスト最適化から始まったクラウドジャーニー

2025年5月、ソニー銀行は勘定系システムのクラウドへの移行を完了した。同行の新勘定系システムは、オンプレミスからの単純移行ではなく、アーキテクチャーの抜本的な見直しを選択した完全な移行である点を特徴としている。旧勘定系システムはオンプレミス環境で運用していたが、他行のようにメインフレーム上で稼働しているわけではなかった。ソニー銀行の開業は2001年6月。1990年代後半に主流だったテクノロジーを用いて構築したため、アプリケーションの追加開発や保守の生産性が年々低下していた。この状況を抜本的に解決するべく、新勘定系システムのアーキテクチャー設計はクラウドネイティブなものとし、事業側の商品・サービスの新規の提供や改良に柔軟に対応できるようにしようと考えた。
「問題に直面してから対策を講じるのではなく、自分たちの置かれている状況を大局的に理解し、テクノロジートレンドを注視しながら、基本に忠実にIT環境の整備を進めてきた」と語る福嶋達也氏は、ソニー銀行が2013年からクラウド移行に取り組んできたと紹介した。銀行のITのライフサイクルは長い。検討時にどんなビジネス課題に直面するかはわからないとしても、先回りして準備をしておけば、長い目で見ると良い結果に繋がる。その信念で、2011年頃からクラウドの検討を始め、アマゾン ウェブ サービス(AWS)導入を周辺系から勘定系へと徐々にクラウド移行を進めてきた。

「IT部門がビジネス変化に柔軟に対応するための要素を突き詰めるとQCD(Quality, Cost, Delivery)になる。銀行のITとして求められる最高水準の品質を担保し、可能な限りコストを下げて、可能な限り早く展開できる手段を探していた」と述べ、福嶋氏はクラウド検討時を振り返った。2011年と言えば、AWSが東京リージョンを開設した年だが、国内ではまだクラウドよりもサーバー仮想化や国産ベンダーのクラウドへの注目度が高かった時期だ。ソニー銀行はこのタイミングでは飛び付かず、AWSで行けると確信を持ってから、周辺系からのクラウド移行に着手した。それが2013年のことだ。当初はシンプルにコスト最適化に焦点を当てていた取り組みだったが、クラウド導入範囲の拡大に伴い、ビジネスアジリティの向上に結実していく。
良いベンダーロックインと悪いベンダーロックイン
自分たちで何もかも作ろうとすると、時間もお金もかかるものだ。使えるものがある場合は使う。この考え方を突き詰めた結果、クラウドネイティブに行き着いたと福嶋氏はこれまでを総括する。ソニー銀行の場合、ハードウェアはUNIXサーバー、アプリケーションはC言語、データベースはRDBMS、トランザクション管理や制御ではミドルウェアパッケージ利用という、国内の銀行の勘定系システムでは珍しい構成で旧システムを運用していた。メインフレームを運用していると、システム構成要素が全て1台に集約されているため、新アーキテクチャーの設計や技術実装のイメージを描きにくい。だが、多くの銀行とは異なり、ソニー銀行では既にオープン系の環境で運用していた分、あるべきアーキテクチャー設計と具体的な技術実装イメージを描くことができた。
また、オンプレミスからクラウドへの移行における最大の懸念材料は、現行業務にどの程度の影響が出るかだ。既存アプリケーションのビジネスロジックや機能を維持し、これまでの投資を保護しようと、リスクの低い移行方針を採用したくなる。その場合に犠牲になるのは、開発生産性である。仮に、事業側からの要請でFinTechスタートアップとの協業を始めようとしても、アプリケーション改修に時間がかかることがビジネスアジリティの足枷になってしまう。そうならないよう、ソニー銀行はアプリケーション資産の温存は避け、C言語プログラムを全てJavaで書き換える決断を下した。

「ベンダーロックインには、良いロックインもある。オンプレミス時代の方がベンダーロックインによるリスクは高かった」と福嶋氏は主張する。新システムのプログラム資産全てがコンテナ化されている。AWSは世界で最もテクノロジーに投資をしていて委ねるに足る。それでも、仮にAWSから引っ越さなくてはならない時が来たとしたら、他社のプラットフォームに移行すればよい。福嶋氏は、クラウド移行で、万一に備えてのアプリケーションやデータ資産のポータビリティを獲得できたとみている。
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冨永 裕子(トミナガ ユウコ)
IT調査会社(ITR、IDC Japan)で、エンタープライズIT分野におけるソフトウエアの調査プロジェクトを担当する。その傍らITコンサルタントとして、ユーザー企業を対象としたITマネジメント領域を中心としたコンサルティングプロジェクトを経験。現在はフリーランスのITアナリスト兼ITコンサルタン...
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