関西の女性ITリーダー40名が集う──紆余曲折を糧にしてきた、りそなデジタル・アイ島田社長のキャリア道
番外編:「Enterprise IT Women's Forum 2025 KANSAI」開催レポート

IT部門の女性リーダーを対象にしたEnterpriseZine編集部主催のカンファレンス「Enterprise IT Women's Forum」が、1月の東京開催での好評を受けて、ついに関西進出。まだ残暑が残る9月2日、ザ・ガーデンオリエンタル・大阪にて開催された「Enterprise IT Women's Forum 2025 KANSAI 」には関西圏を中心に約40名が集結した。基調講演はりそなデジタル・アイ 代表取締役社長の島田律子氏と著者の対談を、ライトニングトークス(以下、LT)には現場で活躍する6名のリーダーが登壇。豪華な登壇者とともに参加者からのリアクションも活発で、大いに盛り上がった本カンファレンスの一部始終をレポートにてお届けする。
「私も驚いた」青天の霹靂だった、大阪転勤と社長就任
基調講演では、りそなデジタル・アイ 代表取締役社長の島田氏が、いかにしてキャリアを切り開いてきたのかが語られた。島田氏はもともとりそなホールディングスでバンキングアプリのアジャイル開発チームを率いており、2024年1月には「酒井真弓の『Enterprise IT Women』訪問記」に登場。そのわずか3ヵ月後、同社と日本IBMの合弁会社である「りそなデジタル・アイ」の社長に抜擢された。
島田氏のキャリアはまさに紆余曲折だ。新卒で入社した山一証券はその年に経営破綻。2003年の「りそなショック」では、男性の多くが会社を去るなか、再建を目指す女性の一人として奮闘した。その後、自ら手を挙げ未知の領域だったITの領域へ。現在は、初の女性社長としてエンジニア組織を率いる。「なぜ自分が社長にアサインされたのかはまったく分からない」と島田氏。ならば、この機会に探っていこう。
* * *
酒井真弓(以下、酒井):2年前に初めてインタビューをさせていただいたとき、島田さんは「りそなグループアプリ」を開発する現場リーダーとして奔走されていました。常にユーザーを思いながら、他のアプリもどんどん使いやすくなっていく中で「日々悶々としながら開発している」と笑う姿が素敵だったのを覚えています。ユーザーの評価が非常に高いんですよね。
島田律子(以下、島田):ありがとうございます。なるべくタップとスクロールを少なくというのを基本に、UI/UXにもこだわっています。また、企業の垣根を越えた共創にも力を入れていて、めぶきフィナンシャルグループをはじめ複数の地方銀行の皆さんに、バンキングアプリの基盤を提供しています。
酒井:それがある日ニュースを見たら、りそなデジタル・アイの社長に。びっくりしました。
島田:私も驚きました(笑)。内示の少し前に「転勤は大丈夫か」と確認はされたものの、2週間前に大阪転勤と伝えられたのです。しかも、りそなデジタル・アイの社長と言われてさらにびっくりしました。

りそなデジタル・アイは、1998年に日本IBMとりそなホールディングスの共同出資で設立された会社です。従業員約330人はほとんどがエンジニア。アプリ開発から融資システム、基盤システム、そしてサイバーセキュリティまで、包括的に担っています。
酒井:現場での生成AI活用も始まっているんですね。
島田:開発生産性の向上は急務ということで、日本IBMと連携しながら進めています。まずはコード生成から徐々に始めて、着実に拡大しています。今後は、24時間365日の対応が求められる運用保守にもAIを活用していきたいです。夜中に障害が発生して叩き起こされる大変さはよく分かっています。社員がゆっくり寝られる時間を確保したいですね。
一方で、金融システムなのでやはり慎重になります。セキュリティ対策や倫理の講習も含め、事前準備をしっかりやっています。

30代後半でITにキャリアシフト すべての経験が社長の糧に
酒井:島田さんはもともとIT志望ではなかったんですよね。
島田:そうですね、就職氷河期だったので、入れるところに入ろうという思いの方が強かったです。証券会社に入社したんですけども、その年に経営破綻。「社員は悪くありません」と社長がマスコミの皆さんの前で頭を下げて社員を守ってくれたこともあって、その後、旧あさひ銀行(現:りそな銀行)に入行することができました。当時は新しかったインターネットバンキングの企画推進を担当し、とにかく仕事がおもしろくて仕方がなくて没頭しました。
ただ、キャリアには悩みましたね。企画推進はずっとやっていきたい。でも、それだけでは視野が広がらない気がして、開発もできるようになりたいと思うようになりました。それで、30代後半で手を挙げて、システム部に移ったんです。
酒井:30代後半での新たなチャレンジ。どんなことを得ましたか?
島田:やはりシステムを動かすにあたって、人とのコミュニケーションの大切さですね。そして、全体を俯瞰する力。開発工数やリリース日など全体を見る視野と時間軸が大きくなったと思います。
その後、40代前半でグループリーダーになったのですが、正直想定していませんでした。システム部門での経験はまだ浅く、みんなに教えてもらいながらの私に部下ができるなんて。もちろん決断するのは私。逃げることはしないと決めました。自分一人で抱え込むのではなく、みんなで一緒に考えながらやっていこうと。内示があって、3日で準備し、1週間で引き継ぐという。突然の人事は、金融機関あるあるかもしれません。
その後、ダイバーシティ推進室長に。今思えば、このときに得た知識や経験が今の会社運営に生かされています。
酒井:島田さんは、なぜ自分が社長にアサインされたと思いますか?
島田:そこがまったく分からないんですよね。ただ、男性中心だった経営やシステム開発とは違う、今までにない会社運営を期待されているのかなと思っています。
酒井:たしかに、島田さんは企画もDXも人事やダイバーシティも経験されている、金融機関の中ではきっと新しいタイプですよね。社長として意識していることはありますか?

島田:新しいことに対して否定的なことは言わないということです。AIも私自身が率先して活用していきたいです。社員にも細かいことは言わない。皆さんプロフェッショナルなので、基本的にはお任せしています。
ただ、ちょっと心配な案件は、オンライン会議にこっそりミュートで参加して、「島田さんがいる!」と見つかったことはあります。社員からしたら怖いですよね(笑)
酒井:気づいたら社長がいるのは怖いんですけど、それが島田さんだと思うと全然怖くないです(笑)
島田:風通しの良さは重要だと思っているので、週2~3日は社内を回って社員に話しかけたり、「デュアルディスプレイが欲しい」と言われたり。総務にかけ合うのは私です(笑)
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酒井 真弓(サカイ マユミ)
ノンフィクションライター。アイティメディア(株)で情報システム部を経て、エンタープライズIT領域において年間60ほどのイベントを企画。2018年、フリーに転向。現在は記者、広報、イベント企画、マネージャーとして、行政から民間まで幅広く記事執筆、企画運営に奔走している。日本初となるGoogle C...
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