現実的に考えて「契約の目的」が果たせるかどうか
結果として、裁判所は情報システム利用の現実を重視する判断を行いました。
現実問題として、契約して対価を支払い獲得したソフトウェアの利用権を、ユーザー内部に限定された利用を企図した複製や翻案によって止められたのでは、業務に支障が出てしまいます。それまではソフトウェアを便利にかつ契約と違うことに使い、それをもとに回っていた業務が、外部の存在であるソフトウェア開発企業によって「止められてしまっても大丈夫」となっては、安心して仕事ができません。ごく現実的な判断だったように思います。
システムを巡る裁判でよく聞く言葉に、「契約の目的」というものがあります。たとえば、システム開発においてユーザーが示した要件が不足していて、ベンダーが機能の足りないシステムを作ってしまったような時、そもそもベンダー側も、このシステムがどのように業務に役立つものでなければいけないのか、つまり「このシステム機能が『契約の目的』に照らして十分であるかを考えなければいけない」と、ベンダーにも一定の責任があるとする判断はよく見られます。
この裁判の結果も、著作権法というよりはこの「契約の目的」を重視したように思います。現実問題として考えた時に、サーバ移行においてそれまで使っていたソフトウェアのコピーや改変に許諾が必要としていたのでは、安定したシステム運用が阻害されてしまいますし、それではシステム導入によって目指した業務、つまり「契約の目的」が達成できないとの判断があったのでしょう。このあたりは裁判所も現実的に物事を見ています。
「想像力の欠如」と「法務との乖離」が招いた事件
さて、そもそもなぜこうした問題が発生してしまったのか。このあたりは判決文からは読み取れないことではあるのですが、やはり契約書の条文にある「自ら使用するために必要な範囲」という文言が曖昧だったために、具体的に何が良くて何が悪いのか、双方の認識に齟齬が生じてしまったことにあると思います。このように記すなら、別紙なり覚書なりで、具体的な許容事項・禁止事項を定めておくべきだったのでしょう。
こうした契約書を交わしてしまった背景には、当事者たちの想像力の欠如があるか、契約書を作成する法務担当と実際の開発者・利用者との間に認識の乖離があったか、あるいはその両方であったかのように想像するところです。
著作権に限らず、契約条項において様々な取り決めを行う際には、システムの設計、開発、テスト、導入、移行、保守運用、廃棄といったライフサイクルにおいて、各々どのような作業が発生し、どのような権利や義務が生じるかをよく想像して検討する必要があります。「このソフトウェアを載せるサーバの耐用年数はあと〇年だから、その時には……」という検討が必要だったのだと思います。
あるいは、契約書のひな型の提供や作成自体を、ITとは直接関係しない法務担当者が行うのであれば、システム開発あるいは利用する当事者が、システムのライフサイクルや使い方、開発の仕方についてよく情報提供するか、法務の作成した契約書をそうした目でレビューなどする必要があります。
多くの組織では、システムの開発や利用においても既存のひな型をそのまま流用して法務部門が作成し、そのまま相手方と契約を交わしてしまうことがなされています。しかし、そうしたことの結果の一つが、今回お話ししたような事件ともいえるわけです。
システム開発では一般の常識とは少しズレたような事象も発生しうるのですから、やはり契約にあたってはシステムのライフサイクル確認と法務部門との十分な連携が必要なのではないかと思います。
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細川義洋(ホソカワヨシヒロ)
ITプロセスコンサルタント
経済産業省デジタル統括アドバイザー兼最高情報セキュリティアドバイザ
元東京地方裁判所 民事調停委員 IT専門委員
筑波大学大学院修了(法学修士)日本電気ソフトウェア㈱ (現 NECソリューションイノベータ㈱)にて金融業向け情報システム及びネットワークシステム...※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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