95%の組織がAI投資“ゼロリターン”……日本の「経営」「政策」2視点で捉えるAIガバナンスの勝ち筋
マッキンゼー・デジタル、Sakana AI、三菱電機、AISI、デジタル庁……各業界のキーマンが激論
「お墨付き」が武器になる──ガバナンスを“競争力”に変える企業の共通点
経営におけるAIガバナンスの位置づけについて、田中氏は三菱電機の取り組みを紹介した。「新たなAIのテクノロジーが入っても、三菱電機グループの企業理念である『活力とゆとりある社会の実現に貢献する』を逸脱しないようにガバナンスを効かせていく。これが我々にとってのガードレールになっている」と語る。同社はAI倫理ポリシーとして7つの項目を掲げ、体制も整備しているという。
「ガードレールを設けた上で、その中ではアクセルを踏みっぱなしにして光の速度でAI活用を促進できるように頑張っていきたい。AIだからといって特別なことはなく、製品を出すときの安全基準や機能安全、環境配慮など、国際法や国際基準を守った上でプロダクトアウトする。AIが加わっても逸脱しないようにガバナンスを効かせていく」(田中氏)
社会インフラや宇宙・工場といったミッションクリティカルな領域で事業を展開する同社にとって、“信頼”は何より重要だ。インフラが止まれば、そこに暮らす人々の生活に多大な影響が生じる。こうした環境でも、最新のAIテクノロジーを使うメリットは大きいと田中氏。特にガバナンスの重要性については「第三者機関から自社プロダクトに“お墨付き”をもらうことが、信頼を得ていく上では大きな差別化要素になる」と強調した。
田中氏の話を受け、伊藤氏はガバナンスが競争力に転じる事例を紹介した。Sakana AIは2025年11月に新しい資金調達を発表しており、スペインの金融最大手であるサンタンデール銀行が出資したことを明らかにしている。伊藤氏は出資の背景について、先方から「Sakana AIが日本の銀行に対してデリバリーしていることは、ガバナンスが完璧だという証になる。技術とニーズとガバナンスが入っているプロダクトだからこそ、すぐに導入できる」と評価されたことを説明した。これはまさに田中氏が述べた「お墨付きのあるプロダクト」の実例といえる。
伊藤氏は「我々はガバナンスのルールを入れることで、一般論ではなく個別具体論で『この目的があるからこのガバナンスを強化する』という原則に基づいて事業を展開している。総論は置いておいて、各論は目的に合ったものを作ることを心がけている」と、事業への負担にならないガバナンスの重要性を強調した。
工藤氏は成功企業の共通点として、透明性と安全性を挙げる。SOC 2(System and Organization Controls 2)や、Cloud KMS(Key Management Service)を活用した鍵管理を行ったり、データ暗号化といったエンタープライズアーキテクチャーの要件を、透明性をもって明確に示していたりする点が成功している企業に見られる要因であり、それが差別化要因になっているとの見方を示した。
また伊藤氏は、ガバナンスの実装を前提としたうえで「AI×産業で日本に勝ち筋がある」と指摘。セキュリティガバナンスとアーキテクチャーの具体性が推進力となり、ガバナンスは守りではなく、信頼というお墨付きを得て市場を開拓する攻めの武器になり得るのだ。
揺れるAI国際情勢下、“日本式AIガバナンス”が脚光浴びる理由
続いて、政策視点でAIガバナンスを語るパネルディスカッションが展開された。まずはAIガバナンス協会代表理事の羽深宏樹氏が、グローバルなAI政策の現状を整理した。
同氏は、2024年までは世界で手を取り合ってAI政策の共通ルールを作るという風潮が非常に強かったと指摘。EUのAI規制法が2024年8月に発効され、2023年の日本の広島AIプロセスも50以上の国や地域が賛同したことを挙げ、「世界が同じ方向を向いていくのかなという楽観的な雰囲気があった」と分析する。
しかし2025年に入り、状況は大きく変化した。2025年2月にパリで開催された「AIアクションサミット」で、バンス米副大統領がEUの規制アプローチを痛烈に批判したのだ。「実はEU自体も2024年10月ごろから、規制一辺倒ではいけないのではないかと考え始めていた」と羽深氏は指摘する。
そして2025年2月、EUは正式にAI法の執行をシンプル化・明確化することを表明し、同年11月に発表された法改正パッケージ「デジタル・オムニバス」では、2026年8月から適用予定だったハイリスクAIへの規制を延長する可能性が示された。しかし、その合意が成立するかどうかはいまだ不透明だという。
こうした中で、ASEANや南米などの国々から日本のアプローチへの注目が高まっていると羽深氏。「EUは規制が強すぎるし、米国は連邦レベルで新たな規制を作らない方針が明確。そうなったときに、日本のアプローチ、とりわけ2025年5月に明確化された『AI推進法(人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律)』のアプローチが非常に合理的で有益ではないかと注目を集めている」と説明する。
羽深氏の説明を受け、AIセーフティ・インスティテュート(AISI)所長の村上明子氏はAI推進法の特徴を次のように解説した。
「日本のAI推進法は、規制を主とするEUと民間技術を主とする米国の間を取ったもので、各国から施策などを聞かれている。他国からユニークだといわれるポイントとして、AISIが出している評価観点ガイドやレッドチーミング手法ガイドなどのソフトローを、それを守ることを“努力義務”としてハードローで規定している点がある」(村上氏)
また同氏は、AISIの役割拡大についても言及した。「2024年度は情報のハブとして20〜30人程度の規模だったが、これを100人規模にしていきたい。モデルやAIシステムの評価ができる実力をもった組織にする必要がある」と強調する。一方で、「200〜300人の人員を抱えるイギリスのAISIなどと比較すると、日本はまだ人材が全然足りない。とはいえ、急に組織を大きくして成長痛が起きないよう、身の丈に合った大きさに成長させる第一歩として取り組んでいく」と現実的な見通しを示した。
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森 英信(モリ ヒデノブ)
就職情報誌やMac雑誌の編集業務、モバイルコンテンツ制作会社勤務を経て、2005年に編集プロダクション業務とWebシステム開発事業を展開する会社・アンジーを創業した。編集プロダクション業務では、日本語と英語でのテック関連事例や海外スタートアップのインタビュー、イベントレポートなどの企画・取材・執筆・...
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