なぜ今、クライアント仮想化が注目を集めているのか?
- 日立製作所 プラットフォームソリューション事業部 セキュアユビキタスソリューションセンタ センタ長 岡田純氏
- シトリックス・システムズ・ジャパン株式会社 マーケティング本部 本部長 足立修氏
- マイクロソフト株式会社 コマーシャルWindows本部 業務執行役員 本部長 中川哲氏
- 日本仮想化技術株式会社 代表取締役社長 兼 CEO 宮原徹氏(モデレーター)
本日は、クライアント仮想化ソリューションに積極的に取り組んでいらっしゃる各ベンダーの皆さんにお集まりいただき、なぜ近年クライアント仮想化が注目を集めていて、実際にどのようなソリューションが存在するのか、現場の声も交えながらお聞かせいただければと思っています。
ここ1年半ほどの間で、サーバ仮想化技術を中心とした「バーチャリゼーション」の波が到来しましたが、その流れの中でクライアントPCにまつわる課題にも仮想化技術を活用しようという動きが活発化していると見ています。その具体的な形がクライアント仮想化になるわけです。
一般的にはセキュリティや運用効率化といったメリットが強調されがちですが、シトリックスではさらにその1歩先を行く「ワークシフト」というコンセプトを提唱しています。簡単に言うと、「働く環境を良くすることによって企業の生産性を上げていこう」という考え方で、クライアント仮想化技術はそのための手段の1つだと位置付けています。
クライアント仮想化が注目を集める大きな理由の1つに、やはりWindows 7のリリースがあると思います。PC自体の買い替え時期と重なったこともあって、今後のクライアント環境の在り方を模索していく中で、仮想化に注目するユーザーが多いようです。
重要なのは、足立さんが今おっしゃったように、ユーザーの目的はもはや特定のOSを使うことではなくて、生産性の向上やワークスタイルの変革といったものに移ってきているということです。そこで、マイクロソフトでは、「Windows Optimized Desktop」というソリューションを提唱しています。これは、さまざまなワークスタイルごとに最適化したWindowsデスクトップ環境を提供しようというもの。例えば、担当業務という観点で見れば、日本の企業は一人の従業員が企画や営業から事務まで多くの仕事を兼務する場合が多いため、色々な用途に幅広く対応できる汎用的なデスクトップ環境が適しているでしょう。
また、職場環境に注目すると、部署異動などによるデスクトップ環境の移行や互換性という課題も頻繁に出てきます。 これらを解決するには、仮想化技術を使ってデスクトップ環境のハードウェア、OS、アプリケーション、データの各レイヤーを分解した上で、それぞれを個別に集中管理する方法が有効です。このような互換性に関するニーズは、今とても高いと感じています。
それ以外にも、災害対策やBCP(事業継続計画)といった経営ニーズの面からもクライアント仮想化ソリューションの引き合いがあります。ユーザーと経営サイド、双方の側のニーズからクライアント仮想化は現在注目を集めていると思います。
日立では、クライアント仮想化が登場する前から、クライアントの機能をデータセンターに集約することのメリットに着目していて、シンクライアントのソリューションに早くから取り組んできました。その技術やノウハウは、先進のクライアント仮想化ソリューションでもそのまま活用できるものばかりです。
ちなみに、セキュリティのニーズというのは今でも高いのでしょうか?
そうですね。エンドポイントの各端末にセキュリティソフトを導入して守る方法は、脅威を作り出す側と守る側が延々と追いかけっこを繰り返す状況になっています。また、端末1台1台のセキュリティ環境を担保するには、運用管理に膨大な工数が掛かります。センターで一括集中してセキュリティを担保することでリスクとコストを低減するというニーズは依然として高いと思います。
実は、日立自身も5年前からセキュリティ対策を目的としたクライアント環境の見直しを行っています。具体的にはモバイルPCを撤廃し、シンクライアントと仮想化技術を導入しました。結果として、先ほど話に出たようなセキュリティソフトの管理や、データのバックアップなどをユーザーは意識せずに済むようになりましたし、セキュリティの脅威となり得るようなユーザー操作も防ぐことができるようになりました。
さらに、クライアントを情報システム部門などで一元的に集中管理することで、これまで各拠点に配置していたクライアント管理担当者を置かなくて済むようにもなりました。結局、セキュリティ対策から出発しつつも、結果としては管理面でのさまざまなメリットも同時に得ることができたわけです。さらに言えば、フリーアドレスの導入やペーパーレスといった施策も相まって、全体的に見るとBPR(Business Process Reengineering)的な効果まで上げられました。
クライアント仮想化がもたらす真のメリット
この手のソリューションはこれまで、金融業界の事例が多かったんですけど、最近はそれ以外の業界での案件が増えてきていると思いませんか?
増えていると思います。日立が手がけた事例で言えば、多くの拠点を抱えているある流通業のお客さまではクライアント環境を集中管理して、各拠点にはシンクライアント端末だけを置くようなソリューションがマッチしました。
後は、埠頭やコンビナートなどの運輸系ですね。
製造業もそうですが、現場用にわざわざ頑丈な専用端末を開発するのではなくて、シンクライアントで十分対応できるようになってきていますね。後は、シトリックスが以前から取り組んでいる公共系でも根強いニーズがあります。
最近の新しい流れとしては、サービス事業者が「DaaS(Desktop as a Service)」の形態でクラウドサービスを提供する例が出てきています。ある企業では既にサービスを始めていますし、ほかにもシトリックスのコンサルタントが参加しているプロジェクトが幾つか進行しています。今後はDaaSのような形で、特にSMB(Small and Medium Business)マーケットに対して仮想化のメリットを提供するサービスが増えてくるのではないかと思います。
なるほど。ただし実際にはデスクトップ環境だけではなくて、その上に何らかのアプリケーションが載って初めて業務で使えるものになりますから、DaaSだけではなくてそれにSaaS(Software as a Service)のようなものを組み合わせる形のソリューションになるのでしょうね。
未来の話をすると、個人的には「PCを持ち歩かずに済む世界にならないかな」と思っているんです。職場と自宅と出先、この3個所に設置してあるPCから常に同じデスクトップ環境と同じデータにアクセスできるのが理想です。これだけ大量のデータが氾濫する中、本当に生産性を高めようと思ったら、こういう方法しかないと思っています。
なるほど。それは日立の社内では既にほとんど実現できているのかもしれません。自分のデスクと、会議室などの共用スペース、それに各拠点、あと人によっては自宅にも端末を置いていて、認証デバイスを差し込めばどこからでも自分の環境につなぐことができるようになっています。あとは、オフラインでのモバイル環境をどうするかですね。
これまでのシステムは、どちらかというとセキュリティや運用管理の効率を優先させるあまり、ユーザーに不自由を強いてきた面があったかと思いますが、今お聞きしたようなことが実現できれば、ユーザーの利便性を向上させるための手段ともなるわけですよね。
これまでは、IT部門でクライアントPCを配布したら「はい、おしまい」で、ユーザーにとっての本当の課題が見えていなかったところがあると思います。これから私たちベンダーやSIerがお客さまにクライアント仮想化を提案していくにあたっては、セキュリティや運用管理面の課題についてはもちろんのこと、Windows 7への移行に関しても「ユーザーはWindows 7を使って何がしたいのか?」ということをきちんと問い掛けていかなくてはいけないと思います。
技術革新とコスト低下が同時進行
ところで、企業がクライアント仮想化の導入を具体的に検討する際には、やはり導入コストが気になるところだと思いますが。
クライアントOSのライセンス価格に関しては、2010年7月から大幅にリーズナブルかつシンプルなライセンス体系になりました。
それまでは、仮想デスクトップでWindows OSを利用する場合、「VECD」というライセンスを購入する必要がありました。また、ソフトウェアアシュアランス(SA)対象のクライアントを仮想化する場合にも、別途「VECD for SA」という追加アクセスライセンスを購入する必要がありました。VECDとVECD for SAともに、利用期間に応じて課金されるため、継続的に利用すると結果的にクライアントPCよりも運用費用が高くついてしまうことも多く、クライアント仮想化導入を踏みとどまらせる一因にもなっていたと思います。
このVECDが2010年7月から、「VDA」というライセンス体系に変わりました。VECDと同じく利用期間に応じて課金されますが、かなりリーズナブルなライセンス価格になっただけでなく、ソフトウェアアシュアランス(SA)対象のクライアントは追加料金なしで仮想デスクトップへアクセスできるようになりました。これで、クライアント仮想化の導入におけるライセンス費用のハードルはかなり低くなると思います。さらに、クライアントライセンスだけでなくサーバライセンスに関しても、2010年4月からシトリックスとディスカウントキャンペーンを実施しています。
2010年末まで、マイクロソフトと共同でアグレッシブなキャンペーンを実施していきます。またそれ以降も、何らかの形でクライアント仮想化の導入を推進していく施策を打っていく予定です。ただ、われわれとしてはただ単に「安い」というだけではなく、今までクライアント仮想化についてあまり知らなかったユーザーに、できるだけそのメリットを多く知ってもらいたいというのが一番の思いです。
クライアント仮想化が注目を集めてきている背景には、ネットワークのインフラが整備されてきたという背景もあるかと思いますが、それと同時にデータ転送プロトコルの進化も大きな要因ではないでしょうか?
その通りだと思います。シトリックスのソリューションでは、画面データの転送には「ICA」という独自プロトコルが使われていますが、その上位レイヤーに「HDX」というテクノロジー群があります。これは、仮想化環境でもPCと同様のリッチなユーザー体験を提供するためのもので、3D画像の処理やプラグアンドプレイなどを最適化できるようなさまざまな技術が含まれています。さらにHDXは常に進化していて、次期バージョンではプリンティングやログイン処理の高速化などの新しい機能が追加される予定です。
仮想化環境では意外とプリンティングがネックになることが多いのですが、そのような新しい技術が出てくることによって、システム設計の柔軟度も日に日に上がりつつあるわけですね。
クライアント仮想化を取り巻く環境は大きく変化しています。確かに新規導入という一時的な観点で見れば、設計や設備投資などの面で負担が大きく感じられることでしょう。しかし、導入後もシステムに関わる有形・無形のコストの支払いが続くことは皆さんもご存知の通りです。数年スパンで資産を運用した場合は、金銭的なコストや運用の負荷で通常のクライアントPCよりも優れた結果を出すでしょう。管理者の皆さんがこれまで頭を悩ませてきた課題を解決できる手段として、クライアント環境の見直しを行う際には、一度は検討の俎上に載せるべきだと思います。
なるほど。皆さん、本日はどうもありがとうございました。