被災者の声に背中を押されて立ち上がった「東日本大震災写真保存記録プロジェクト」
震災以降、多くの企業が被災地活動に精力的に取り組んでいる。とりわけインターネットが被災者支援に果たした役割は大きく、その価値が再確認されている。ヤフー株式会社も震災の2日後には震災支援活動をスタートさせ、節電情報サイトや募金サイトなどを立ち上げている。その中で、大きな話題となったのが被災地の震災前後の写真を集め、時間と場所とでタグ付けされた「東日本大震災写真保存記録プロジェクト」であろう。
その責任者となったのが、ヤフーの高橋義典氏だ。震災タスクフォースの責任者となり、震災直後は24時間体制の運用に取り組んできた。その時の心境を「誰も経験したことのない災害で、状況は毎日変わる。地震直後は『今日中に公開できるか』の連続で緊張が続いていたが、優先事項を毎日判断する、細かく決める部分と作りながら考える部分を明確に分けて進める。悩んだら集まりその場で決めるなどによって対応してきた」と振り返る。そして、4月8日に今回のテーマとなる写真保存プロジェクトが開始されたが、当初は「はじめたら数十年と続ける必要があり、当然コストがかかることは覚悟しなければならない。さらに、瓦礫の処理をしているなかで、写真を集めるのは不謹慎ではないか」という躊躇や葛藤があったといる。しかし、その背中を押したのが、ツイッターなどで寄せられた多くの被災者を含むユーザーの声だった。
リリースまで準備期間は1週間。サーバーの調達もままならない中で、負荷に強くデータの消えないシステム設計が不可欠。そんな厳しい状況下だったが、公開時には写真が1万枚以上も集まり、その後も続々と写真が集められている。高橋氏は「報道写真とは違う写真とコメントの力に驚かされた。ネットとだから集められたもの。共有資産として残すべきと革新した」と語る。現在2万2000枚以上もの写真が寄せられ、その数はいまだ徐々に増え続けている。
その管理についてヤフーが最も苦労したのは、権利処理だという。著作権、二次利用の問題など調整すべきことは多々あったが、投稿者に予め無償で権利許諾することを呼びかけ、同意の上で投稿するという形を採用した。高橋氏は「投稿される写真は、投稿してくださった方だけでなく、日本国民、さらには人類にとっての『大切な資産』であると認識した。そのために使いやすい形であることが大切だと考えた」と語った。そして、その思いはAPI公開にもつながっていったという。
セカイカメラでなくてはできない価値を提供したい
写真をエアタグ化して現地で閲覧可能に
「東日本大震災写真保存記録プロジェクト」において、大きなプロジェクトパートナーとなったのが、セカイカメラで知られる頓智
ドット株式会社である。セカイカメラは、iPhoneやAndroidの内蔵カメラである場所を映すと、その場所にひもづけられた写真がエアタグとなって浮かび上がり、コメントなどを見ることができるという無償アプリだ。ユーザーが自由にエアタグを増やすことができ、共有もできる。頓智ドット株式会社の康淳姫氏は、米国出張を終えた4月中旬に震災写真保存プロジェクトの存在をきいたという。康氏は「セカイカメラが貢献できるのではないかという直感があった。イレギュラーとは思ったが、以前ヤフーに在籍していたこともあり、ノンオフィシャルでもとの上司に問い合わせた」とその端緒を語る。その後、API公開に先駆けてプロジェクトを開始したという。
iPhoneやAndroidでセカイカメラを起動し、東北の各地にカメラを向けると、ヤフーに寄せられた現地の写真が浮かび上がる。それは震災前の懐かしい風景だったり、震災後の悲惨な状況だったり、それぞれの写真には撮影者のコメントがつけられ、その思いを知ることができる。康氏は「再び日常を取り戻した後にも、震災が『今いる場所で起きたこと』として将来に伝わる手がかりにしたい」とプロジェクトへの思いを述べた。
続いて、頓智ドットの高橋憲一氏が技術面の説明を行った。世界カメラでは、写真に緯度と経度の情報をひもづけて保存することで、ネットワークを介して要求を出すと位置情報をフックに写真が閲覧できるという仕組みになっている。「東日本大震災写真保存記録プロジェクト」では、ヤフーのファイルサーバとセカイカメラのAPIである「Open Air Publisher」を連携させ、位置データを利用して、写真を呼び出すようにした。そして、写真は撮影日時でカテゴリ分けされており、木枠が震災以前、スチールタグが震災以降の写真になっているという。なお「Open Air Publisher」は、ITエンジニアによる震災復興コミュニティ「Hack For Japan」に提供されたことでAPI化が実現した。現在は許可制で利用が可能だ。
高橋氏は、社内でセカイカメラによる震災支援について話し合わったことを紹介し、「『Hack For Japan』でAPIを提供したものの利用が進まず、ジレンマがあった。ヤフーとの連携で大きな活動に参加できたことを感謝したい」と述べ、今回の活動において「トップダウンでなく、一人ひとりがプロアクティブに動いていた」と述べ、康氏も「職種にとらわれずに賛同者を集め、大きな力にしていくという実感を得ることができた」と振り返った。今後「Hack For Japan」は、震災復興支援とともに、避難所や安否情報の提供システムなど、今後の震災対策も視野に入れた活動を継続させていくという。
最後にヤフーの高橋氏は「今回は情報統制と共有の在り方について考えることが多かった。見せ方はもちろん、情報を提供する側にも学ぶべきことが多々あったはずだ」と今後の課題を呈し、「今後もネットができること、一人のエンジニアができることを一緒に考えていこう」と結んだ。