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週刊DBオンライン 谷川耕一

「シンプルERP」が成熟したERPの世界を塗り替える!SAP SAPPHIRE NOW


 先週は、SAPの年次カンファレンスイベント「SAP SAPPHIRE NOW」の取材で米国オーランドにいた。実はオーランド訪問もSAPPHIREへの参加も今回が初めて。これまでもインメモリーデータベースのSAP HANAやBI関連製品などを中心に、SAPについては国内で取材をしてきた。どちらかと言えば個々の製品をターゲットに取材して、製品ごとの特長を捉えようとすることが多かった。今回は、改めてSAP全体の最新メッセージをCEOのビル・マクダーモット氏やSAPの共同創業者で会長のハッソ・プラットナー教授から受け取ることができた。

「シンプル」は使い古されたキーワードではない

「シンプルにする」を強調するマクダーモット氏
「シンプルにする」を強調する
マクダーモット氏

 マクダーモット氏がメッセージとして強く打ち出していたのが、「シンプルにする」。

 IT業界においてシンプル化というのは、もはや使い古されたキーワードの1つだろう。とはいえSAPのいうシンプル化は、単にシステムをシンプルにしてコスト削減するだけでなく、シンプルにすることでビジネスに新たな革新を生み出すことを指す。そして、このシンプル化のための強力なエンジンとなるのがSAP HANAである。圧倒的な速さはリアルタイム性を生み出し、プロセスを効率化し手戻りもなくす。プロセスそのものを減らしてしまうようなシンプルさから、新たな革新が生まれるのだ。

 もう1つの重要なメッセージが「シンプルERP」という新たなERPアプリケーション提供開始のアナウンスだ。このシンプルERPを実現するプラットフォーム基盤もまたSAP HANAである。これまでのSAP ERPでは財務会計やサプライチェーンなどアプリケーションモジュールごとにデータベースが別々に存在するアーキテクチャだ。これは、プロセスをシステム化し自動化するところからアプローチしているSAP ERPの特性でもあり、プロセスをスムースに回すのに都合がいいようデータベースを配置した結果だろう。

 同じERPでもOracle E-Business Suiteは、データベース屋が作ったアプリケーションだからか、基本的にはデータベースは1つにするという発想のもとに作られている。同じエンタープライズ向けのERPパッケージ製品でも、アーキテクチャは大きく異なるものだったのだ。

 今回のSAPPHIREで発表されたシンプルERPは、実はOracleのようにデータベースを1つにし、それを中心にして必要なアルゴリズムをデータベースに対し適用することで会計なりのプロセスを自動化できるようにするものだ。つまり、データベース部分のアーキテクチャを、旧来のばらばらなものから一新するアプリケーションをコードレベルで作り直すことにしたのだ。

 ERPのデータベースを1つにするだけなら、Oracleのアーキテクチャに追いついたにすぎない。SAPではそこにHANAの超高速性を加えることで、ERPのアプリケーションそのものをシンプル化したところが大きな特長となっている。たとえば、請求書を発行するだけでもさまざまな処理があり、処理ごとに独自テーブルが生成されそこに必要なデータを格納している。つまり大元のデータベースは1つでも、処理ごとにさまざまなテーブルがありデータはそれらで重複して持つのが普通である。別々のテーブルとして持つことで、処理が迅速に行え他のプロセスにも影響を与えないようになっているのだ。

 ところがインメモリーで圧倒的に処理が速ければ、そういった中間処理用のテーブルをあらかじめ作っておく必要はなくなる。高速なので必要になったときに必要な中間処理テーブル的なものを生成してしまえばいい。こうすることで同じ財務アプリケーションでも旧来のSAP ERP Financialsよりも新たなSimplified Financialはデータ容量が大きく削減される。

 効果はデータベース容量が削減されるだけではない。新たに強力な柔軟性という特長も手にする。何か新しい処理をしたい場合にも、一元化されているデータに対し新たな処理アルゴリズムを適用するだけでいいのだ。データベースが一元化されていることで、複雑なプロセス同士の関係性を維持する処理などをも必要ない。結果的に柔軟かつ迅速に新たな処理を加えることができる。これは、今後の変化の激しい時代には重要な要素となるだろう。

よりシンプルERPに最適化していく

 このようなデータモデルを変えるというアーキテクチャ変更は、SAPにとって大きなチャレンジだっただろう。大きな変更にも関わらず、顧客の既存ERPの動きに影響を与えることなく移行できるようにする。これもまた使命だったとのこと。いくらプラットナー教授がHANAがあればできると言っても、現場の製品開発部隊には相当な抵抗感があったのではないだろうか。とはいえ、結果的に既存のSAP ERPをまずは「ERP on HANA」化し、それにシンプルERPのためのアドオンを適用するといった手順で、既存のアプリケーションを止めることなくシンプルERP化が実現できるようになったのだ。

 シンプルERPは、SAP HANAでしか動かない。さらに現時点ではHANA Enterprise Cloudで提供されるサービスとなる予定だ。そうであるならば、SAP HANAは今後はシンプルERPに最適化する方向性で進化するのではないだろうか。もちろん標準のSQLやオープンなAPIなどはサポートされ汎用的なデータベースとしても動くだろう。しかし中身的な進化としては、より迅速かつ効率的にシンプルERPを動かすための機能なりが実装されてくると考えられる。そうすることが「シンプルERP on HANA」の革新性が増大することになるはずだ。

 従来のSAP ERPのメンテナンス的な開発は今後も続けられるが、革新的な機能の開発などはこのシンプルERPに対し行われる。シンプルERPのライセンスは、クラウドで提供されることもありサブスクリプション型でかなりシンプルな構成になる予定だ。SAPではまずSimple Financialの提供を開始する。そして年内にはInventory管理、Sales and ATP(在庫確認)、Manufacturing、PurchasingといったシンプルERPのモジュール群を一通り提供してくる予定だ。

 SAPは自分たちの主要製品であるSAP ERPを自らの手でシンプル化し、その革新を現実のものとして顧客に提供することを示した。ERPというどちらかと言えば成熟しもはや革新などないと思われていた世界に、独自のシンプル化で新たな革新をもたらす。これが今回のSAP SAPPHIREの大きなメッセージとして、私が受け取ったものである。

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この記事の著者

谷川 耕一(タニカワ コウイチ)

EnterpriseZine/DB Online チーフキュレーターかつてAI、エキスパートシステムが流行っていたころに、開発エンジニアとしてIT業界に。その後UNIXの専門雑誌の編集者を経て、外資系ソフトウェアベンダーの製品マーケティング、広告、広報などの業務を経験。現在はフリーランスのITジャーナリスト...

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