IT統制が与えたインパクト
セッションの冒頭、中村氏は自らのクライアントの事例などから「今、内部統制対応作業のIT担当者の多くが疲弊している」と話した。なぜ今までドキュメントが無かったのか、スケジュールは守られているのかなど、責められているからだ。その結果、言われたことだけをやる「守りのIT」になってしまっている。そうすると逆にITのリスクが高まってしまう。
これまでIT担当者は、効率的で効果的な情報システムを構築し、経営力の強化、価値向上につなげるべく努力をしてきた。しかし現実は、なかなか経営者の理解を得られないでいた。ITにはセキュリティのリスクがあり、うまく機能しないリスクもある。そこに出てきたのがIT統制だ。これはITの価値を経営者に分かってもらう大きなチャンスだ。
加えて中村氏は「IT部門自身にもマネジメントの大切さなど、業務改善の必要性を強く意識させている」とIT統制のプラス面を指摘した。同時に業務組織もRCMや業務フローを書くことで、目先の作業だけでないフローの存在に気づくというインパクトを受けている。
現在のITの課題
それでは、現在のITにはどのような課題があるのか。中村氏は、情報システムを社内に置いていた企業の典型的事例を紹介した。システムがコストセンターになっていたことから、コスト削減の要請が一番にあり、実態がよく見えないままに、保守・運用、開発も含めて情報子会社などにアウトソーシングした。本体側に残したのは、企画部門だけだ。人件費にも手をつけていったため、中心となる人材が流出してしまう。その結果、技術が空洞化し、機能の追加や変更が困難になるなど、情報システム全体が弱体化・硬直化してしまったというわけだ。
現在、情報システム組織の中心は保守・運用業務になってきている。保守は、外部変化や担当ベースの要望に対応するため、システムを変更する作業だ。そしてシステムを安定して維持する作業が運用だ。
保守・運用では、失敗が許されない。同時にスピードも求められ、忙しいために考えている暇がない。さらにJ-SOX対応とセキュリティ対策で、承認を求めて走り回る「スタンプラリー」が大変になっている。
保守業務というのは、「サービス創造」だ。様々な粒度の様々な要望を聞いて解釈し、瞬時に対応策を企画する高度な業務スキルが要求される。さらに対象物は、自分が作ったものではない場合がほとんどだ。その一方、現状の義務を理解するための教育、育成が行われていない。
そして中村氏が一番問題に思うのは、保守・運用が開発よりも一段低い位置に置かれている傾向があることだ。こういう環境で、本当にいい仕事ができるか、約束事が守れるか、非常に怪しい。
次の一歩は?
IT組織を改革し、ITが企業価値向上に寄与できるようにするには、IT戦略の立案がポイントになるが、そこには二つの観点がある。一つはITを通じた、もう一つはITのマネジメント改革による経営への貢献だ。この両者を、整合を取って行うためには、エンタープライズアーキテクチャー(ITの方向性)と、ITのガバナンス(ITマネジメント)が必用だ。実行を支えるのは、身につけておくべき技術、知っておくべき情報、高いモチベーションを備えた組織の力になる。
具体的にまず必用なのが地図と羅針盤だ。経営者、業務組織、IT組織が、ITに係わる日常の活動において、具体策の選択・優先順位を判断する上でのよりどころとする。IT戦略を実行する上ではやはり、経営者のリーダーシップが重要だ。まず経営の目指す方向を明確化し、全体の戦略策定の体制整備を行い、その上でIT戦略を策定する。
一方IT組織はまずルールを作成し、システム開発と運用の見える化、効率化を行う必用がある。予算や人員が限られているため、効率化を原資として次のステージに向かう。そしてITリテラシー、活用のための施策を行い、情報システムの活用度を向上させていく。全体をマネジメントするプロジェクト管理、IT標準策定なども有効だ。
その次のステージが、サービス組織への転換だ。情報システムを作る組織から、うまく使ってもらうためのサービス組織に脱皮し、そして経営に寄与するのだ。
攻めのITによる企業価値向上を
IT統制の運用における基本は、ルールの策定と遵守だ。外部監査を受ける前の有効なチェック手法として、別工場など社内の別組織のIT担当者同士が、相互に第三者的に監査するというものがある。その際、用語やルールーが異なっていてはうまくいかないので、揃えておく必用がある。ルールが守れているかを調べるチェックリストも作成しておくといい。当然、ルール遵守のための要員教育も行わなくてはならない。
ルールを守るのも、破るのも人だ。ルールを守るための仕掛けの導入や、投資があまり行われていない一方、IT組織への「責め」だけが厳しい状況は好ましくない。IT統制は「守るIT」だが、IT組織の価値を経営者に知らしめる効果はあった。今後はIT戦略の策定と実現による「攻めるIT」により、さらに企業価値を高めていかなくてはならない。