今回も、同じ判例を基に、契約前作業着手の問題について考えてみたいと思います。
まずは、再掲で恐縮ですが、前回の判例をもう一度、ご覧ください。
正式契約前に頓挫した開発の費用を巡る裁判の例
東京地裁平成19年10月31日判決より
スポーツ施設運営業のユーザ企業が、会計システム導入のため開発を行うこととし、3つのベンダの提案を受けた。ユーザ企業は、他が、納期を遅らせるスケジュールを提示する中、唯一、納期遵守を約束したあるベンダに請負で依頼することを内定し、ベンダ企業は、開発代金の見積もりと取引基本契約書,請負契約書の案文を送付した。
しかし、正式契約を締結する前になって、ベンダは、”この開発については、要件も定まっておらず納期も厳しいことから,要件定義が完了した段階で請負契約を締結したい。スケジュール管理も自身が行うという提案をして、ユーザもこれを了承した。
契約のないまま、要件定義が開始されたが、途中、作業に遅れがみられたことから,ユーザの担当者は、ベンダの担当者に全体の納期に影響はないか確認したところ,問題ないとの回答だった。
ところが、それから二ヶ月後、進捗の遅れは回復せず、ベンダが納期の遵守は不可能であるとして3カ月後らせる旨の提案をしたが、ユーザは、これを受け入れず、こうしたベンダの申し入れは、信頼関係を著しく破壊するものだとして、正式契約を締結しない旨を通知した。
そして、この事件について裁判所は、たとえ正式な契約がなくてもベンダの作業着手をユーザが命じるあるいは容認していれば双方に債権債務が生じると考え、また、商法512条に基づいて、システムが完成していなくても受注者であるベンダは行った仕事に対して相応な報酬を請求できるとの考えで、以下のような判決を下しました。
東京地裁平成19年10月31日判決より(続き)
ベンダは,ユーザとの間に新会計システムの開発製作に係る請負契約は締結されなかったものの,ユーザの委託を受けて要件定義を確定し,本件契約を締結するための作業を行ったのであるから,商法512条に基づき相当額の報酬を受けるべき請求権を有するものというべきである。
そして,その報酬額は,当事者の意思,実際に要した費用,行った業務の内容・程度等の諸般の事情を考慮して客観的に合理的な額が算定されるべきである(後略)
さて、この判決を読んでいるとある疑問が湧いてきます。このプロジェクトは、確かに正式契約時には請負とするつもりだったのかもしれませんし、ユーザ側のITリテラシからしても、それが妥当なのかもしれません。しかし、契約前の作業について”請負”のようにベンダ任せで良かったのかという点については、疑問の残るところです。