
最近はクラウドコンピューティングが普及してきたこともあり、ユーザ企業が自社システムを構成するプログラムやデータを外部の専門業者に預けて運用してもらうことも多くなりました。自社で運用するよりも安価で、かつセキュリティ管理等、技術知識が必要な作業を専門家に任せてしまえる、この手のサービスは必ずしもITの専門家ではないユーザ企業にとってメリットも大きく、これから益々増えていくことでしょう。
ホスティングサービス業者に預けたプログラムとデータがなくなった
いくら専門家が万全を期して運用していたとしても、人間の作った機械やソフトウェアを人間が運用しているわけですから、絶対に安心ということはありません。レンタルサーバ業者やクラウド業者等、サービス事業者の、ちょっとした手違いや予期せぬ機械の不具合により、大切なプログラムやデータが失われてしまう危険は当然にゼロになるわけでなく、実際、裁判所に上がってくる事件の中にも、レンタルサーバ業者に預けたデータが機械の不具合で滅失してしまい、その損害を求めてユーザ企業がこれを訴えたというものがいくつかあります。
そうした場合、ユーザ企業はサーバホスティング事業者に損害の賠償を求めることができるのでしょうか。今回は、そんなIT訴訟についてご紹介したいと思います。
ご紹介するのは、平成21年に東京地裁で判決が出た紛争なのですが、この事件の場合ちょっと複雑なのは、登場人物が3社である点です。最近はこうした形態も随分と増えてきましたが、ユーザ企業はサーバ運用事業者にシステムの運用を任せていたが、この業者は運用を任されたシステムを更に外部の業者に借りたサーバ上で運用していたというものです。つまり、ユーザと運用事業者の間には運用サービスの契約が存在し、運用事業者とホスティング事業者との間にはサーバホスティング契約が存在するが、ユーザ企業とレンタルサーバ業者の間に特段の契約は存在しません。読者の皆さんの会社でもこうした形でシステムはないでしょうか?
こうした、ちょっと複雑な契約の下で発生した事件について、まずは概要から見ていただきたいと思います。
(東京地方裁判所 平成21年5月20日判決より)
あるユーザ企業がサーバ運用事業者に自社システムの運用を依頼したが、運用事業者は、このシステムを外部業者 (以下、サーバホスティング業者) のサーバに配置して運用していた。
ところが、ある時このサーバに不具合が発生し、ユーザの企業のプログラムとデータが消失してしまった。障害はハードディスクの故障であって、人為的なミスはなかった。
そこでユーザ企業はサーバホスティング事業者に対して、損害賠償として約2億円を請求し、訴訟となった。
現代の企業活動において、業務システムとそこに格納されるデータは、企業活動の生命線です。それが丸ごとなくなってしまったのですから、ユーザ企業が誰かに損害の賠償を求めたくなる気持ちはわかります。さらに、原因が人為的なミスではなくハードディスクの故障というのですから、損害賠償を運用事業者ではなくサーバホスティング事業に求めたのも、それなりに理屈が立つ気もします。
民法にはいわゆる”善良なる管理者の注意義務” というものがあります。簡単に言えば、何らかのサービス等を提供する契約を結んだ受注者には業務の必要上、発注者から預かったものを責任持って管理する義務があり、これに違反すると不法行為に基づく損害賠償を請求されるというものです。この義務を考えれば確かに、サーバホスティング事業者にもなんらかの義務があるのではと考える方もいるでしょう。
ただこのケースの場合、ユーザ企業とレンタルサーバ業者の間になんら契約は存在しません。注意義務の元になる契約がないのです。そうした場合でも、ユーザ企業は損害賠償の請求をサーバホスティング事業者に出来るものなのでしょうか。
裁判所の判断を見てみましょう。
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細川義洋(ホソカワヨシヒロ)
ITプロセスコンサルタント東京地方裁判所 民事調停委員 IT専門委員1964年神奈川県横浜市生まれ。立教大学経済学部経済学科卒。大学を卒業後、日本電気ソフトウェア㈱ (現 NECソリューションイノベータ㈱)にて金融業向け情報システム及びネットワークシステムの開発・運用に従事した後、2005年より20...
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