日本のITの暗黒面を直視し、その暗部に異議申立てを行う
本書『ITは本当に世界をより良くするのか? IT屋全力反省会』は、ノーチラス・テクノロジーズの神林飛志さんと、ワークスアプリケーションズの井上誠一郎さんによる対談連載をまとめたもの。
神林さんといえばEnterpriseZineで2015年10月に公開した「「すべてのIT屋は全力で反省しろ!」― ノーチラス・テクノロジーズ 神林飛志さん」で知った方も多いかもしれない。歯に衣着せぬ物言いが話題となり、その勢いのまま連載「IT屋全力反省会」が始まった。
現在はまさしくIT屋として仕事をこなす神林さんだが、元々は公認会計士。その後、父親が創業したカスミストアで業務システムの刷新を手がけることになり、これがITキャリアの始まりとなった。学生時代にLinuxで「毎日コンパイルしていました」と語るように、当時既にコンピューターの知識は十分。フルスクラッチで、1人で3年かけてやり遂げたという。
その後、カスミストアの株式売却もあって退職し、SIerのウルシステムズへ。流通BMS対応ソフトウェアを手がけたあと、ノーチラス・テクノロジーズの代表取締役社長を経て同会長へと至る。
内と外からIT屋を見てきた神林さんが本書で語るのは、「21世紀初頭の日本のIT業界のダークサイドの物語」。
対談では、日本のITの暗黒面を直視し、その暗部に異議申立てを行うことが主眼になっています。その意味で「全力反省会」ではあるのですが、異議申し立てをしている側が別の暗黒面に捕らまっている感もあり、最後はなんだかよくわからない結末で終わっています。まさに、深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているという感もあり、その意味では、神林・井上さんの背後にある「黒いもの」をのぞき見しながら、この対談の意図を読み取るというのが、正しい読み方かもしれません。
「あとがき」より
語られるテーマは、バズワードの濫用、データベース、オープンソース、分散技術、パッケージ、クラウド、そしてエンジニアのキャリアと、実に多岐にわたる。神林さんはその暗黒面――時には光――を次々と全力で語り尽くしていく。
たとえば、クラウドの普及が伸び悩んでいるという話題では、誰もが言いにくいことにずばっと切り込んだ。
IT業界っておもしろくってですね、自分がそう思ってても言えないのがあってですね、ビットコインと同じですけど(笑)、ちょっと言っちゃった以上、なんかお金も動いちゃってるし、何か俺アンチとか言えないよねってなってくると、クラウド万歳の人は、クラウド伸びてますからって言い放ちますよね。だから、伸びているんじゃないですかね、そういう人にとっては。お前の中では、みたいな(笑)。
「CHAPTER 8 思ったより普及していなかったクラウドはどこへ向かうのか」より
しかし、こうした言葉の裏にはIT業界への愛がある。それゆえに、現状の問題点を指摘し、日本のITを前進させようとしているのだ。その心意気を踏まえて読めば、神林さんの言葉の一つ一つが身に沁みてくるのではないだろうか。
ただ、神林さんは単なる批評家ではありません。今は神林さん自身がITベンダー側にいる身なので、ITを使って提供できる価値を真剣に考えろ、という矛先そのものが自分自身に向いているからです。
強く厳しい神林さんは一方でITベンダーへの優しさと期待を持ち合わせいます。それは井上も同じです。多少ゆがんでいるかもしれません
井上さんによる「まえがき」より
ダークサイドの物語に光は見出だせたか
そして、神林さんの独壇場にあえて突っ込み役を引き受け、ダークサイドの物語から光を見出そうとするのが、ワークスアプリケーションズの井上誠一郎さん。
対談は、僕が“そういった黒いもの”をどんどん吐き出して、井上さんがそこから「それでもなお、光はある」という形で進んでおり、実際に日本のITで「もがき生き残るためのスタンス」そのものの体現に近いものがあると思っています。吐き出された黒いものはどう回収されるべきか? この対談の本当の議論はそこにあります。
神林さんによる「あとがき」より
UNIXが好きで、プロバイダーの次にロータスに就職。Lotus Notesの500万行のコードを読み込んだことが今のスキルのベースになっているという生粋のIT技術屋だ。その後、創業メンバーとなったアリエル・ネットワークがワークスアプリケーションズの子会社となり、自身も現職へ。このように、井上さんはずっとITベンダーに身を置いていた。
本書の「まえがき」では、怖そうな印象を持たれがちな神林さんの人柄について多くの言及があり、そこに井上さんの人柄も垣間見ることができるだろう。みずからは「空気を読まないタイプ」だと言う。たしかに、神林さんの怒涛の話を受け止め、さっと切り返す様は圧巻だ。
対談の企画が持ち上がった時点では不安もあったそうだが、井上さんと神林さんというコンビはまさに絶妙。この2人だったからこそ、「即興対談」が成り立ったとも言えるだろう。話の内容はもちろんのこと、神林さんの切り込みにも注目だが、井上さんがそれにどう対応するのかも見どころだ。
対談はすべて即興で行われました。対談場所に集まり、たいていの場合、挨拶もそこそこに対談が始まりました。やっている身からすると、これが本当に記事になるのか疑問に思える企画でした。しかし、おかげ様で連載は好評だったと聞いています。ここは素直にその評価を信じたいと思います。
井上さんによる「まえがき」より
「すべてのIT屋は全力で反省しろ!」という強烈なメッセージが込められた本書。どきっとした方はぜひ本書を読んで、反省してみてほしい。