クラウドベンダーはどのように評価すれば良いのか
企業でクラウド導入を検討する時、立場が違うと話がかみ合わないことがある。例えば「イノベーションを起こして新しいビジネスを展開したいからクラウドを使いたい」と「安定性やセキュリティが向上するから既存システムをクラウドにリフト&シフトしたい」という2つの視点。両者は目指す先が異なっている。それに気づかないと、論点がはっきりせず迷走してしまう。「そんな時、バイモーダルで分けて考えるとすっきりします」と亦賀氏は助言する。
バイモーダルとは、ガートナーが提唱する2つのモードに分けて考える概念だ。主に従来型の業務システムを中心とする考え方がモード1、新しいテクノロジーを中心とする考え方がモード2と呼ばれる。どちらの観点でクラウドを選択しようとしているのか、そのためにどのような機能や要件を必要としているのか――。クラウドを選定するためには、まずどちらのモードを前提としているのか明確にする必要がある。
なお、バイモーダルは、単にシステムやテクノロジーの集合を意味したものではない。図にあるように、これは考え方である。特性が異なるものを混ぜないということが重要である。
業務システムを担う情報システム部だと、つい既存システムのコスト削減や効率化といった観点でクラウドを見ることが多いだろう。これはホスティングサービスとしてのクラウドであり、モード1の視点だ。一方、デジタルトランスフォーメーションに象徴されるように、テクノロジーを駆使していち早く新しいビジネスを展開するための部品とプラットフォームがほしいのなら、モード2の視点になる。
「米国ではモード1の議論はほぼなくなりました。少なくともメインストリームではありません。GAFAに代表されるような破壊的かつ産業構造を変えるようなインパクトが増してきています。そこでは、業務システムの維持とコスト削減を中心とするモード1の議論よりも、むしろ、新しいテクノロジーでビジネスをドライブするモード2の議論が中心となっています。企業の将来の生き残りがかかっているので必死です」(亦賀氏)
モード1視点のクラウド利用もありだが「それだけではクラウドのメリットを十分に生かせない」と亦賀氏は懸念する。クラウドはスケールできるのが大きな特徴であり利点。その利点を最大限活かして「クラウドでビジネスの商圏を拡大するスケールビジネス」の発想で臨むべきという。「米国だけでなく中国の破壊的な企業は、このメリットを生かし、早く、安く、より満足いくサービスをスケーラブルに展開しています。日本企業では、今の商圏を中心に議論することが多く、こうしたクラウドのスケーラビリティの議論がほとんどありません。例えば、日本だけでなく、アジアや世界全体へのスケーラビリティといったことを考えれば、クラウドはマストとなります。逆に言えば、これまでのオンプレミスでは発想できなかった新しいビジネスがクラウドにより想起できることになるということで、この重要性に多くの企業は気が付くべきです。サーバレス、コンテナやマイクロサービスが議論されていますが、それらの重要な特性の一つは、スケーラビリティです。単に今のシステムの置き換えのためのテクノロジーではありません」
ところで、クラウドってなんだっけ?
クラウドの登場は今から10年以上前。それまでハードウェアやソフトウェアを手組で構築していた世界だったが、クラウドが登場しシステムに必要な部品となるサービスを組み合わせて構築するという世界へと変わった。「クラウドとは標準のセルフサービス」と亦賀氏は言う。ユーザーは提供されているものの中から必要なものを選び、契約。時間や使用量に応じて料金を支払うことで、わざわざクラウドベンダーの営業やSIerを通さずともセルフで使えることになっている。しかし、日本ではITはSIerが請け負うことが多いこともあり、「セルフサービスになっていない」と亦賀氏は指摘する。
現実として、自社内にクラウドサービスの目利きができて、サービスを組み合わせてシステム構築ができるエンジニアを有しているのは大企業などごく一部だ。多くは外部のSIerなどを頼り、ともすると「丸投げ」状態になっている。そこでは、クラウドの議論も既存システムのプラットフォームをオンプレからクラウドへ移行する話になりがちで、しかも、クラウド化してもそれほどのコスト削減も期待できない。結局、オンプレミスか、クラウドかどうしてよいか分からないという議論が続く。
クラウドは、従来型の仮想ホスティングやアウトソーシングではない。そうした誤解を解き、セルフサービスとして扱えるようになるために、クラウドを「サービス部品の集合体」として捉えることがよい。サービス部品がイメージしにくい人は、電気回路を想像するとよい。電気回路では回路に電池、スイッチ、抵抗、コンデンサなどの部品を配置し、必要な機能を実現する。使いたい部品とその特性に応じて、最適な部品をメーカーに縛られず選び組み合わせる。こうした電気回路と同じように、クラウドサービスも部品となるサービスを配置してシステムを構築していく。
「特定のサービスだけを深掘りしすぎると、全体感がつかめなくなる。電気回路ならラジオを作るために部品をどう組み合わせるという発想が重要です。一方、そのためには部品の理解も重要です。部品に何ができるか分からなければ、何が作れるかも分かりません。よく似たようなサービスがあるからどれを選んでよいか分からない、という声も聞きますが、このあたり、電子部品を購入する人ではそのようなことはありません。ユーザー企業の人々は、こうした電子回路を組めるエンジニアのように、自らスキルを付け、クラウドのサービス部品の目利き力を高める必要があります」(亦賀氏)
クラウド活用の自走支援も評価軸
個別のクラウド評価を紹介する前に、ガートナーは市場におけるプレイヤーをどのように評価しているのかを解説しておく。ガートナーといえば「マジック・クアドラント」が有名だ。ここでは、市場ごとにプレイヤー(企業)の相対的な位置を評価した結果を図示している。画面を4分割してリーダー、チャレンジャー、概念先行型、特定市場指向型と分けたものだ。マジック・クアドラントは、市場毎に作られる。図は、2018年に発行された日本におけるクラウドIaaSのマジック・クアドラントである。同様のものに、グローバル市場におけるクラウドIaaSのマジック・クアドラントがある。これらは市場やプレイヤーの状況が異なるため、あえて分けて出版している。
あらためてマジック・クアドラントがどのように評価された結果なのかを確認したい。縦軸は実行能力。主に実績、必要とされる機能や性能をどれだけ持ち合わせているかだ。横軸はビジョンの完全性。該当する市場をきちんと理解した上で、妥当なビジョンを描き、実現方法の裏付けもあるかどうかまでが評価される。亦賀氏は「厳しいですよ。『言うだけ番長』ではダメです」と指摘する。例えばビジョンが「火星の大地で疾走できるクルマを作る」を宣言するようなものはだめだ。市場の現状と方向性をよく理解し、戦略を明示しているか、さらに、その戦略を実現するに足る原資や見通しがあるのかを示す必要がある。ビジョンには現実味や説得力がなければならない。
さらに、先述したようにクラウドは「標準のセルフサービス」だ。自分で運転することが前提になっている。身近な例で言えば、ユーザーは好きなクルマをメーカーから選び、自分で運転する。「事故を起こしたからといって、メーカーに責任を問うのはおかしいでしょう。クルマには最低限の安全装置はついていますが、ドライバーが運転を間違えれば事故を起こすこともあります」と亦賀氏。クラウドでは責任共有モデルという考え方が基本にある。クラウドベンダーはサービスに、ユーザーは運用に責任を負う。どちらにも責任は存在する。自分でクルマを運転できれば好きなタイミングで好きなところに行ける。クラウドを自社で扱えれば新しいビジネスをすぐに始めることができる。「他人(SI)任せでは動きが遅くなる。だからこそ、クラウドを使うなら、きちんとトレーニングを受けた方がいい」と亦賀氏は助言する。最初に教習所で基本的なことを一通り学ぶように、クラウドも一通り学んでから臨むほうがいいという。
ガートナーでは、クラウドは「自分で運転する(セルフサービス)」ことを前提としている。そのため、評価基準の中に各クラウドベンダーが「自分で運転する」ことを支援しているかどうかも含まれる。具体的にはオフィシャルのトレーニングを提供しているか、サイトや書籍を通じて情報提供されているかなどにあたる。コミュニティ活動というユーザーとの接点も重要だ。さらに、もともとクラウド・コンピューティングとは、新しいコンピューティング・スタイルであったとガートナーでは考えていることから、こうした新しいスタイルを明確に提示できているかもマジック・クアドラントの重要な評価項目となっている。