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契約前作業を黙認するユーザ企業が注意すべきこと

edited by Operation Online   2019/05/07 06:00

 これまでも何度か取り扱ってきましたが、ベンダが契約前に作業着手をしたことによるトラブルというものが、未だに後を絶ちません。ユーザから示された期限を守るためには、一刻も早い着手が必要と、ベンダが契約を待たずに作業を始めたが、何らかの事情で契約を結ぶことができずに、それまでにかかった費用を請求するが、ユーザ側は契約自体ないのだから債務はないと支払わない。こんな事例については、私自身も裁判所で何度となく見聞きしてきました。原則として契約前作業はするべきではないし、させるべきでもないのですが、それでも、ベンダにはやってもらわないといけないとなったとき、ユーザサイドはどんなことに気をつけるべきなのでしょうか。どんな条件付きで作業を依頼すれば良いのでしょうか。今回は、その辺りについて考えてみたいと思います。

  (東京地方裁判所 平成19年11月30日判決より)

 ある人材派遣会社が開発ベンダに基幹業務システムの開発を委託し基本契約を締結した。開発は最初の頃はフィジビリティスタディ、基本設計フェーズ1と進められ、人材派遣会社から開発ベンダに対して1億2500万円が支払われた。その後、開発ベンダは、後続の基本設計フェーズ2を実施していたが、この途中で人材派遣会社の親会社がこの開発を承認せずプロジェクトは中断した。( この時点で基本設計フェーズ2について個別契約は結ばれていなかった。)

 開発ベンダは、その後、改めて基本設計フェーズ2の見積もりと、それまでの成果物を提出したが、人材派遣会社がこれを支払わなかった為、報酬ないしは契約準備段階における過失に基づく損害賠償として約1億800万円の支払を求める訴えを起こした。

 この事件を、裁判や契約と言った堅苦しい基準ではなく、人の気持ちあるいは道理の面から考えれば、やはり人材派遣会社の対応には疑問を持たざるを得ません。開発全体の基本契約を結んだ上で、フィジビリティスタディ・基本設計フェーズ1と、大過なくすませた開発ベンダが、ある意味自然な形で次の作業を行っていたところ、突然、相手側の一方的な都合でプロジェクトを打ち切られ、お金も払わないと言う。訴えたくなる気持ちも分からないではありません。

「契約準備段階における過失」とは

 ここで「契約準備段階における過失」という言葉が出てきたので少し補足をしておきます。通常、商取引においては、当事者の債務は契約によって決められます。「1億円でシステムを開発する」と言う契約が成立すれば、受注者にはシステムを作って納めると言う債務が、そして発注者には1億円を払うと言う債務が発生します。そして、どちらかがこの債務を履行しなかった場合、(システムを完成させなかったなど) それによって相手方に発生した損害については、その原因を作った側が賠償することになります。約束を果たさなかったのですから、その損害を賠償するのは当然といえば、当然です。

 ただ、これは全て契約あっての話です。取引において双方がどんな債務を追うのかは、多くの場合、契約書を取り交わした上でのことで、それがないことには、「約束したじゃないか!」と相手を責めることは困難です。

 しかし、どちらかのせいで、どちらかが損害を被ると言う事象は、この契約前にも起こり得ます。例えば、この事件のように開発会社が、基本設計フェーズ2についても当然に契約が取り交わされると信じて、先行作業を行なっていたような場合、発注者が受注者に対して、正式な契約を十分に期待させるような行いをした上で、発注しない、契約しないとなれば、例え契約前であっても、損害賠償を命じられることがあります。これが、「契約準備段階における過失」あるいは「契約締結上の過失」と呼ばれるものです。

ユーザの過失か、期待したベンダの早とちりか

 話を戻しましょう。では、この事件の場合、人材派遣会社には「契約準備段階における過失」があったのでしょうか。もっと平たく言えば、開発ベンダに、基本設計フェーズ2の契約を期待させる言動があったのでしょうか。このあたりについて、少し事実を整理してみます。

  • 開発ベンダから基本設計フェーズ2作業に着手できないかとの提案がなされたが、人材派遣会社のマネージャは本国会社の承認を得る所存であると伝えた
  • その後、人材派遣会社のマネージャが注文書を9月末までには発行できると思うと発言し、開発ベンダが基本設計フェーズ2の作業に着手することを了承した
  • さらに後日、開発ベンダから基本設計フェーズ2の詳細見積が提示された
  • 9月17日の報告会議事録には、「早急に(フェーズ2を)10/1スタートを目指すこととする」との記載があった
  • その後、上述の見積書で除外されていたスタッフ給与サブシステム部分について約8500万円とする見積書が提出された
  • 10月15日の報告会で、10月下旬までに基本設計フェーズ2の契約がなければプロジェクトを中断する必要があることを伝えた
  • 10月27日、人材派遣会社の経営会議後、人材派遣会社が開発ベンダに開発を凍結するよう申し出た

 この事件は、こうしたやりとりを経て、判決文にある開発ベンダからの見積提出に繋がっていったわけです。パッと見た目は、人材派遣会社が開発を了承しており、「正式な契約を十分に期待させるような行い」をしているようには見えます。もっと言えば、書面がないだけで、契約自体は成立していると言う人だっているかもしれません。民法では、契約は口頭でも有効とされており、マネージャの発言そのものが契約にあたるという捉えもできなくはないのかもしれません。

 一方で、マネージャの「本国会社の承認を得る所存」、「9月末までには~」と言う発言が、本当に相手に契約を信じさせるものであったのかが微妙です。確かに契約をするとは言っていませんし、そもそも、文脈から見ても、このマネージャに正式契約の決定権がないことは開発ベンダも分かっていたはずです。また、その後、マネージャが作業を了承する際にも、まだ金額も決まらない中であり、正式な契約を約束しているわけではありません。「契約は100%ではないが、そのリスクもとって始めましょう」と言うつもりだったのかもしれないのです。こうしたやりとりが、開発ベンダに正式契約を期待させるに十分なものだったのか、この点が、裁判の大きな争点となりました。

 では、判決文の続き、この点について裁判所が判断した部分を見てみましょう。まず、裁判所は判決にあたり、以下の事実を認定しています。

  • 基本設計フェーズ1とフェーズ2は、基本設計の工程を2つに分割したものにすぎないこと
  • 先行するフェーズでも注文書発行前から人材派遣会社の協力の下で作業が開始されていたこと
  • 人材派遣会社の実務レベル責任者であるマネージャは基本設計がフェーズ1で中断するとは全く想像していなかったこと

 その上で、判決文は以下のように続きます。

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著者プロフィール

  • 細川義洋(ホソカワヨシヒロ)

    ITプロセスコンサルタント 東京地方裁判所 民事調停委員 IT専門委員 1964年神奈川県横浜市生まれ。立教大学経済学部経済学科卒。大学を卒業後、日本電気ソフトウェア㈱ (現 NECソリューションイノベータ㈱)にて金融業向け情報システム及びネットワークシステムの開発・運用に従事した後、2005年...

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