「エビデンス」に基づく判断
新コロナウイルスにともなう政府の基本方針の提示をきっかけに、各種イベントや行事の自粛や中止が相次ぐ中、データビークルはパートナー会の実施に踏み切った。そこには医学の専門家である西内氏の判断があったという。冒頭に「お忘れかもしれませんが」と言いつつ、西内氏は自身の経歴を紹介する。
東京大学の医学部を生物統計学の専門で卒業後、同医学部の助教を経て、ハーバード大学の関連研究機関において客員研究員となった。東大病院内にある大学病院医療情報ネットワーク研究センターの副センター長だった時期もある。「公衆衛生学についてはまあまあ詳しい」という。
西内氏はベストセラーになった『統計学が最強の学問である』(ダイヤモンド社)の中で、統計学と医学の関係について述べている。コレラの感染を研究したジョン・スノウの疫学が、近代の医学を大きく進展させた。データと統計解析に基づき最善の判断をするという考え方は、医学の領域では欠かせないものになり、「EBM(Evidence-Based Medicine)」──「科学的根拠に基づく医療」として確立した。今回の事態についても、「EBM」が重要であり、その根拠は「データ」であると西内氏は述べる。
感染率と死亡率、リスク要因としての「持病」
西内氏が紹介した中国の最新の論文(*1)によると、現時点での感染者は44,672件で、そのうち2.3%の方が死亡している。しかし注目すべきは、年代別の内訳だ。
中国・武漢でパニックになったにも関わらず、このレポートによると中国での10歳未満での死亡者は、発表時点ではまだ見つかっていない。年代別の死亡率は10代・20代・30代では0.2%、40代で0.4%と低く推移するが、50代を超えると高くなる。60代になると3%を超え、そこから高齢になると急激に伸びる。
もうひとつ西内氏が注目するのは「持病」というリスク要因だ。高血圧=6.0%、糖尿病=7.3%、心血管疾患=10.5%、呼吸器疾患=6.3%、がん=5.6%という死亡率となり、感染者の中でも「持病」のある人のリスクが高い。
「単に加齢に伴い死亡率が高くなるだけではなく、高齢になると疾患を持つ人が増える。疾患を持っているかどうかもリスク要因なのです。もし60代以上で、ここにあげたような疾患をお持ちの方は十分お気をつけになられた方が良いでしょう」(西内氏)。
また、感染者の死亡率の推定も微妙だという。全体では感染者の死亡率は2.3%となっているが、これは感染のパニックとなった武漢を含める湖北省というエリアを含んだ数字。それ以外の地域では、全体の死亡率の約1/6にまで下がるという。
ここで西内氏は、前述の年代別死亡率が湖北省外では一様に1/6まで下がるとした場合の数字として、以下の推計値を示した。
- 20代の死亡リスクは感染者約3000人に対して1人
- 30代だと感染者約2500人に対して1人
- 40代だと感染者約1300人に対して1人
- 50代だと感染者約450人に対して1人
「今のところ、日本で報告されている感染例は重症の方に偏りやすく、その中での死亡率も高いのですが、おそらく今後事態が落ち着いて最終的にきちんと振り返ることができれば、せいぜいこのくらいの水準に落ち着いてくるだろうというのが我々の予測です」(西内氏)。
多くの人が一度は旧型のコロナウイルスには感染している
さらに、西内氏は日本呼吸器学会のウェブサイトに書かれた以下の文章を紹介した。
「かぜ症状群の原因微生物は、80~90%がウイルスといわれています。主な原因ウイルスとしては、ライノウイルス、コロナウイルスが多く、RSウイルス、パラインフルエンザウイルス、アデノウイルスなどが続きます。ウイルス以外では、一般細菌、肺炎マイコプラズマ、肺炎クラミドフィラなど特殊な細菌も原因となります」(*2)。
つまり、新型ではない「コロナウイルス」には誰もが一度は感染しているといっても過言ではないという。
「新型コロナウイルスの問題は、一般的な風邪よりも肺炎になるリスクが高い可能性があるという点であり、エボラウイルスのような、とんでもない謎の病原体というわけではないのです」(西内氏)。
こう述べた上で、まず専門的な信頼のおける情報としてWHOのWebサイトをチェックすることを勧める。WHOの推奨する適切な公衆衛生的配慮(*3)は以下となる。
- マメに手を洗いましょう
- 咳やくしゃみをしている人から1m離れましょう
- 手で目や鼻、口を触るのはやめましょう
- 咳をする人はひじの内側で口を覆いましょう
- 体調が悪い人は家で寝ていましょう
- 呼吸困難などの症状があれば事前連絡の上で医療機関へ
セミナー参加者への注意事項
以上を踏まえて、データビークルは「健康なビジネスマンが適切に公衆衛生面での配慮をする限り、必ずしも中小規模の会合をやめる必要はない」という方針に達したという。その上で、参加者に「正しい手洗い」(*4)についての動画を見せて、以下を呼びかけた。
- 「正しい手洗い」がまだの人は手を洗ってきてください
- マスクには明確なエビデンスがありませんが着用は自由です
- 本日あるいは数日以内に風邪のような症状がある方はご帰宅いただくか、どうしても参加されたい場合は他の方から距離をおいておかけください
- ご高齢の方や持病をお持ちの方はご自身でリスクを判断なさってください
- なおご帰宅された場合も本日の内容は改めて共有させていただきますので遠慮なくお申し付けください
いったん会場に足を運んだ参加者が自分の健康状態が悪いと判断した場合、躊躇せず帰宅を勧める。その場合、会合の情報については事後に提供するということを約束した。
「今回の件でテレワークに取り組む会社も増えたといいますが、データビークルはずっと前からやってきました。勤務時間はフレキシブルなので満員電車に乗る必要はなく、自宅で作業してもOKという会社です。正しい手洗い方法の周知徹底も含め、IT関連の会社としてこれほど感染リスクの少ない会社も珍しいかと思います。元公衆衛生の研究者の立場で大丈夫と判断し、皆さんの健康に配慮した上で本日開催させていただくことにしました。どうぞ最後までご参加いただければと思います」(西内氏)。
西内氏のこのスピーチの後、データビークル 代表取締役社長の油野達也氏によるデータビークルの新製品・サービスの紹介、パートナーとデータホルダーの事例紹介が行われた。その内容は、後日レポートする。
注
*1:http://rs.yiigle.com/yufabiao/1181998.htm
*2:https://www.jrs.or.jp/modules/citizen/index.php?content_id=2
*3:https://www.who.int/emergencies/diseases/novel-coronavirus-2019/advice-for-public